「其処まで。後々の処理が面倒なのでこんな場所で騒ぎを起こさないでください」
いつの間に現れたのか男達の後ろに立っていたのは、黒髪を綺麗にオールバックにして黒縁眼鏡を掛け見るからに高級なスーツを着込んだ、路地裏の公園にそぐわない男性。
「ふん、高みの見物を決め込んでいた奴が何を言うか」
風間からの皮肉に、彼を此処まで連れてきた戸崎は笑みを浮かべる。
「これは失礼。貴方ならばこの程度の相手なら手を貸さなくても大丈夫だと思っていましたので」
実際そうでしょう、とにこやかに言われてしまえば風間は閉口してしまう。
満足げな笑みを浮かべて男達の方へ向き直った戸崎は、ジャケットのポケットから黒い手の平に収まるシガレットケースのようなものを取り出して男達に示した。
「誠に申し訳ありませんが、先程から貴方達の会話を録音させてもらいました。貴方達の目的が暴行だとしたら穏やかではありませんね。もしこの事が明るみに出たら婦女暴行未遂、いえ、薬を盛って眠らした時点で犯罪ですかね」
「なっ」
「録音っ?!」
男達からの驚きの声を無視すると、戸崎はジャケットの内ポケットから黒い手帳を取り出してページをめくりながらさらに続ける。
「それと…田内健様、貴方のお父上はスカルラークグループの営業部長をされていますよね。そして皆様のご友人、木下百合子様のお父上は木下建設の社長様。このような事態を知ったらさぞかし悲しまれるでしょうね」
「何でそれを…!?」
先程の、風間とは異なる言外の圧力を感じて狼狽するケンに戸崎は笑みを深くする。
「以後、ご自分方の立ち振る舞いにはお気をつけください」
笑みを向けている男達に戸崎は口調こそ穏やかに、目は全く笑ってないまま言うのだった。
* * * *
「後処理をしますので先に戻ってください」と戸崎に言われて、風間はを背負って夜道を歩く。
何で自分がこんな事をしなければならないのだ、と戸崎に反論もしたが笑顔で黙殺されてしまい無駄に終わった。
一見すると人当たりの良さそうな戸崎という男は場合によっては月子と同じくらい質が悪いのだと思う。
なにがあったか知らずに、背中で穏やかに寝息をたてるを道端に捨てていこうかという考えもよぎったが、捨てていったらそれはそれで後々面倒だ。
「俺も甘くなったな…」
鬼の力を使えばさして時間もかからずにマンションまで着くだろうが、なるべく振動を与えないで歩いているのは、が思いの外華奢で軽く、柔らかかったから。
「う、ん…風間、さん…?」
寝ぼけているのか、むにゃむにゃと口元を動かしながらが自分の背中に頬を擦り寄せるのを感じて、風間は苦笑いを浮かべる。
「…本当にお前は無防備だな」
だからこそ月子や戸崎が過保護になるのかもしれない。
そして、このまま彼女と共に居たらもしかしたら自分も…
「気持ち、悪い…」
急に聞こえた背中からの苦しそうな息遣いに風間は緊急事態を悟る。
「待て…!」
背中にぶちまけられたら大惨事だ。
間一髪、投げ捨てるように風間はを背中から降ろした。
「おぇー」
気温が下がったのは気のせいかな
(一気に酔いが覚めました)
「うう…路上でゲロ吐くなんて恥ずかしすぎる…目撃者が風間さんだけで良かった」
「…そういう問題か?」