今日はバイトが無い日。
冷蔵庫の中身が少なくなっていたことを思い出して、大学の帰りにスーパーに寄り3日分の食材を買った。
(重い…さすがに買いすぎたかなぁ)
食客が増えた分、重たい荷物を引きずるようにしながら歩いていると、自分と同年代のカップルが目に入ってきた。彼等もスーパーからの帰りなのだろうか。彼氏が片手で食品の入った袋も持ち、もう片方の手は彼女としっかり繋いで談笑をしながら歩いていた。
普段なら羨ましいとは思わないが、今みたいな重たい荷物を持っていると羨ましく思う。
手を繋ぎたいとかじゃなくて、荷物を持ってくれる相手がいたら…せめて自分も食べるのだから風間が居たらな、と想像してみる。
…駄目だ。
以前、風間とスーパーに行った時は彼がカゴの中に目に付くものをポイポイと入れて大変だったんだ。
それに若い男女がスーパーで買い物だなんて有らぬ疑いを周囲に持たれてしまう。
「ただいま〜」
勢いよく玄関ドアを開けたのに中から何も返事は無い。
「帰りましたよーって、風間さん!?」
何時もなら無愛想な声で「お帰り」と言ってくれる風間からの返事は無く、首を傾げながらリビングに入ったが目にしたものはキラリと光り輝く刃。
驚いたことに風間が日本刀を手にしてソファーに座っていたのだ。
ただでさえ目つきの悪い男なのに似合いすぎていて笑えない。一気にの顔から血の気が引く。
(やばい。家の中で刀を抜くなんてやっぱりこの人、鬼だけど変態を通り越して危険人物だ)
「ななな何やっているんですか!?銃刀法違反ですよっ早く光り物はしまってください」
動揺するに風間は怪訝そうに眉を寄せる。
「帰って来た早々貴様は何を騒いでいる。見て解らんか?刀の手入れをしているだけだ」
言われて彼の手元を見れば、耳掻きの後ろに付いているもさもさの兎の尻尾みたいのを持っていた。
「あーなんだ。風間さんの事だからどっかに強盗にでも行くのかと思いましたよ」
あはは、と笑えば風間は馬鹿にしたような視線を向けてくる。
でもそれでいいと思う。
真っ直ぐに感情を向けられた方が、変な意味をオブラートでくるんだ視線を向けられるより、ずっと楽だから。
「笑ってごめなさい。すぐに夕飯を作りますね」
「ああ」
視線を刀に戻すと風間は作業を再開する。
『あの人は私のことを女として見ていないし、私も男の人として見ていないもん』
ほらね、自分で言った通り私のことは何とも思ってない。作業に熱中していたから「お帰り」も言ってくれない。重たい荷物を持っていても知らんぷり。だからもやもやすることもない。
そうは一人納得してキッチンへ向かおうとした。
「おい」
「何ですか?直ぐにご飯を作るので待っていてくださ…」
振り向くと同時に風間はが両手で持っていた買い物袋を奪い取る。
「荷物があるならば先に言え」
作業に夢中で私の事なんて目に入ってなかったはずなのにどうして?
無意識のうちにぎゅっと下唇を噛む。
「そんな顔は貴様らしくない、どうかしたのか?」
「えっ?…いやいや、何でもないですよ」
問われて我に返ると、強張った口元を動かして笑みを作る。
取り繕おうとするに風間は眉間に皺を寄せた。
「作り笑いは止めろ。誤魔化そうとしても無駄だ。貴様はわかりやすいからな」
ああ、何故だろう。
「はわかりやすいのよ」以前、月子にも同じ様なことを言われたことがある。
風間という男は本当にやりにくい男だ。笑っていれば大概の相手は誤魔化せていたのに。
「何にも、無いです。ただ、少し疲れて、不安定になっているだけ…」
最近の変化に疲れているだけ。彼に対して苛立つのはただの八つ当たり。
でも…本当にそれだけ?
「何故泣く?」
「えっ?」
頬に触れれば確かに指先に濡れた感触があった。
「何で…?」
自分でも何故泣いているのか分からない。
ただ一度溢れ出した涙は、自覚してしまえばそう簡単には止まってはくれない。
困惑するの眼鏡を外すと、無言のまま風間は彼女の頭に手を置く。
感情の読めない深紅の瞳で見詰めらると、突然泣き出したことに呆れているのかとさらに涙が溢れていく。
「…泣きたいならば泣け」
しかし予想に反して彼の口から出た言葉は、頭をなでる手のひらは優しい。
ただ、涙とともにこのもやもやした気持ちがほどけていくのを感じた。