テーブルの上に置いた映画の前売り券を見詰めるながらは眉を寄せる。
今日から上映された前評判が高いアクション映画の前売り券に記載された日付は明日で。
一緒に観に行く予定だっドタキャンされたのは数時間のこと。
「ごめんっ明日行けなくなった」
「はぁ?」
大学の講義室にやって来た友人がの顔を見た途端に発した一言には素っ頓狂な声を上げた。
聞けば、今いい感じになっている男性から明日の夜にデートをしないかと誘いを受けたからと言う。
先に約束していた女友達より男を優先する彼女に腹を立てて怒るべきなのだろうが、ぐっと堪えた。見た目も派手で自由奔放な彼女の性格を考えばこの事態は十分有り得ることだし、なによりは平和主義というか揉め事は嫌いなのだ。
「ドタキャンで本当に悪いと思っているよ。だから、あたしの分の前売り券あげるからさあのイケメンと行ってきなよ」
「…行ってくれないと思う」
多少なりとも申し訳無さそうに誤る友人から映画の前売り券を受け取り、溜め息を吐いてしまった。
* * * *
映画は観に行きたいし行かないのは前売り券代が勿体無い。しかし、他の友人を映画に誘ってみたが予定が入っており断られてしまった。
困った。一人で出掛けるのは慣れていても一人で映画を観に行くのも気が引ける。
どうしたものかとしばらく悩んだ末、は意を決してリビングへ向かった。
自室からリビングに向かうと、夕食の美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。そういえば今夜は戸崎が夕飯を作ってくれている。
定位置となったソファーに座って本を読んでいる風間の姿が目に入った。
美形は何をやっていても様になるのか、部屋着のスエット姿なのに格好良く見える。
「あの…風間さん、もし良かったら明日映画を観に行きませんか?」
「…面倒だ」
意を決して声をかけたのに、彼はチラリと視線をよこしてあっさり言い切った。
もう少し言い方ってあるのでは、とは唇を尖らす。
「もぉそんな嫌そうに言わなくても、断るならどんな映画が最後まで聞いてからでもいいじゃないですか」
「別に映画など興味は無い。それに何故俺が貴様に気を使わなければならない?」
至極面倒くさそうな風間に腹が立ったが、反論するのも疲れると諦めた時、キッチンから夕飯を作り終えた戸崎が顔を覗かせた。
「風間さん、女性の誘いを無碍に断ってはいけませんよ。社会見学だと思ってたまにはお二人で出掛けてみてもいいのでは。明日は昼間は時間があるので駅まで送った差し上げますよ」
「戸崎さんありがとう」
相変わらず紳士な戸崎にの苛立ちも萎えていく。逆に風間は憮然な表情を浮かべた。
「おい、俺は行くとは言っていない」
「そうですか。最近は色々物騒な事件がありますからねぇ。風間さんがご一緒なら安心だと思ったのですが…それでは私がご一緒しましょう。ああそうだ、月子さんからさんにとご友人が立ち上げたという新作ブランドのお洋服を頂いたので、この機会に着てみますか?ランチもご馳走しますよ」
「わぁ〜戸崎さんいいんですか?ありがとうございます」
「いえいえ礼にはおよびません」
落ち込みかけていたの表情が一気に明るくなる。
楽しそうに明日の話をしていると戸崎を見ていると風間の眉間に皺が寄っていく。
騒がしい場所は好きでも無いし映画を観たいとは思わない。だが、二人のやりとりに、が戸崎に笑顔を向けていることに何故か苛々してくるのだ。
「…俺が行く」
横から聞こえた声には目を瞬かせた。
「へ?何ですか?」
「明日は俺が共に行くと言ったのだ」
今彼は何と言った?
耳を疑ってしまった。明日はきっと雪か槍が降ってくるに違いない。
当の風間は戸惑うを睨むと、口をへの字にして閉口してしまう。
「ではお二人で楽しんで来てくださいね」
微妙な空気が流れる中、戸崎だけは嬉しそうににっこりと微笑んだ。