4.それ全く冗談になってないから!D

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繁華街の駅前に横付けされた高級車から降りるだけでも注目されたというのに、隣を歩くのが美男子ときては周囲からの視線を必要以上に集めてしまうのだから、は無意識に下を向いてしまう。
せめて駅の正面口じゃなくて人通りの少ない裏手で降ろしてもらえば良かった、なんて今更ながら後悔する。
少し前を歩く風間はよく堂々と歩いていられるものだ。
もともと物怖じしない性格なのか。幕末の時代では、異人さん以外で金髪赤目は珍しいはずだから人から見られるのは慣れているのかもしれない。
彼の生活していた時代から150年くらい経っているのに、違和感なく街に溶け込んでいるから鬼だろうと性格が俺様だろうと適応能力はあるのだろう。

スクランブル交差点の横断歩道が赤信号に変わり立ち止まった時、無言のまま前を向いていた風間が急にのいる後ろを振り向く。
心の声が聞こえてしまったのかと、少し怯えつつ見上げるに彼は無表情のまま右手を差し出した。


「掴まれ…この状態で貴様とはぐれたら面倒だ」

「へ…」

ぱちくり、ゆっくり瞬きをして脳内で耳に聞こえてきた言葉を噛み砕く。
今、何と言われたのか?
「掴まれ」と言われなかったか?そう、言葉を理解するまで時間がかかった。
手を取るべきか悩んでいると信号が青に変わり、人の波が動き始める。
風間に睨まれるのも怖いし、通行の妨げになるわけにはいかない。
迷っている時間など無かった。


「失礼します…」

ぎこちなく、繋いだ手のひらから伝わってきた彼の体温は、思った以上に温かかった。








控え目に掴まってきた細い指を自分の指で強く握る。
それだけで身を堅くするに、気付かれないよう風間は内心舌打ちをした。

全く持って鈍すぎる。
視えすぎないようにと暗示をかけたのは自分だが、はどうやら気が付いていないらしい。
複数の男の好奇の視線が自身に絡み付いていることを。
すぐ後ろを歩いていた男が立ち止まった際に彼女に声をかけようとしていたことを。
着飾らせたのが裏目に出てしまったか。
他人から注目されるのには幼い頃より慣れているが、気に入らない視線を浴びて苛立ちを無視出来る程広い心は持ってはいない。
手を繋ぐように言った後、鈍い彼女が戸惑いを見せたため、苛立ちは萎えるどころかさらに増していく。
苛めてやろうかとも思ったが、繋いだ手のひら全体からが緊張しているのが伝わってきたものだから止めた。
しかしながらこの苛立ちの意味は何なのだと一瞬考えて…人間に囲まれている状況の今は、あまり深く考えないようにした。




(うわぁ…なにこの状態、まさしくデートじゃん?ど、どうしよう。それに手のひら手汗でベトベトなの気付かれていないかなぁ)

一方のは風間の苛立ちには全く気付かず、一人混乱しながら歩いていた。












* * * *












話題の映画ということもあり映画館はやはり人が多く混雑していた。

事前に席は予約済みだったから席の心配は無かったが、は始終隣に座る風間が気になり映画に集中出来無かった。
ただでさえ人間を好まない彼が人が密集した閉鎖空間で落ち着けるはずもなく、苛々しているのがわかったからだ。
満席状態で暴れたらどうしようという危機感のために映画に集中するどころでは無かった。
人気のハリウッドスターが主演している話題作なのに勿体無さすぎる。
それに、この映画はアクション3D映画で大迫力の映像が迫ってくるもので、奥行きのある映像はリアルなもので見終わった後は軽い車酔い気分で、足元が地についていない様に覚束なく感じた。
隣を歩く風間はずっと無言のままだし、まさかと思いつつ見上げれば自分と同じ状態なのか若干顔色が悪い。


「大丈夫ですか?ちょっとリアルで疲れましたよね。風間さんも3Dの映画を観たのは初めてなんですよね?」

「ああ。テレビとは違う、不可思議な映像だったな…」

現代人のだってほとんど経験が無かった3D映画は、明治維新前後の時代を生きてきた風間は衝撃的だっただろう。




人の間を抜けて一人飲み物を買いに自販機までやって来たは大きく溜め息を吐いた。

(この後はどうしよう。あんまり歩き回るのも風間さんは疲れてしまうだろうし…)

人の間から見える、自販機から少し離れた場所で壁に寄りかかる風間の姿は、何時もより疲れて見えた。
今日は急に付き合ってもらったし、俺様な彼の優しい一面も見てしまったからか疲れさせてしまい申し訳ない。なるべく早く帰ろうと、ペットボトルのお茶を買って戻ろうとした時、近くにいる女の子達の耳に入ってきた。


「ねぇあの人かっこよくない?」

「ほんとだ一人で来たのかな?」

「まさか、彼女と一緒じゃないの?」

「あんな人が彼氏だったらいいのになぁ。あたしだったら絶対自慢しちゃう」

女の子達の視線の先には壁にもたれ掛かる風間の姿。普段ならそのまま聞き流しているのに、何故か会話を耳が拾ってしまう。
ペットボトルを手に固まったままでいると、に気が付いた風間と目が合った。


「え、嘘」

「聞こえてたかな?」

たった今話題にしていた青年が自分達の方にやって来たと、女の子達が色めき立つ。
彼女達を無視して風間は真っ直ぐにの側までやって来る。
…やはり自分と彼では釣り合わないのだろう。
女の子達からの此方を見る視線が痛くて、彼女達が「かっこいい」と言っていた風間の隣に立つことへの優越感など全く湧いて無かった。


「どうかしたか?」

「いえ、久しぶりに映画館で映画を観たせいか疲れたなーと思って…」

「…全くだ」

悪態一つも吐かずに心底げんなりした風間の様子に、少しだけ感じていた居心地の悪さが薄らぐ。
何時も余裕たっぷりで偉そうだからたまには弱っている姿も見ても罰は当たらない。
悪いと思いつつも少しだけ笑ってしまった。








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