駅まで車で送ってくれた戸崎に土産を買おうかと通り沿いの雑貨屋を覗いていたは、陶器製の小振りな調味料入れを手に後ろを振り向いた。
「あれ…風間さん?」
返事が無いことで、隣を歩いていたはずの風間の姿が無いことにようやく気が付いた。
つい先程まで近くにいた気がしたのにどこに行ってしまったのか。
キョロキョロと周りを見回しても目立つ金髪長身の風間の姿は見えない。
何てことだ。どうやらはぐれてしまったらしい。
友人なら携帯電話で連絡を取り合えばいいが、困ったことに彼は携帯電話を持っていなかった。
今来た道を戻って捜してみたがそれらしい人物は見当たらない。
「どうしよう…」
ある程度のお金は渡してあるし、一度通った道は覚えるという素晴らしい記憶力を持っているから自分がいなくても家まで一人で帰れるとは思うけれど…
こんなことになるなら恥ずかしくても風間と手を繋いでいれば良かったか。
彼が手を繋ごうとしたのを丁重にお断りをした結果がコレだから、風間と会えても怒られるのは容易に想像出来る。
道の端に寄って意識を集中してみたが何もわからなかった。
暗示をかけてもらって魑魅魍魎が視えなくなったイコール、感覚が鈍くなったらしい。
「ねぇどうしたの?」
「えっ…」
俯いて途方に暮れていると、突然頭の上から声がかかった。
顔を上げれば目の前に立っていたのは、お洒落に気を使っている今時な若い二人組みの青年。
困惑な表情を浮かべるに青年達は爽やかな笑顔を見せる。
「キョロキョロしちゃってさ、もしかして迷子とか?誰か探してるの?」
「あ、いやそのー…」
男性に声をかけられるなんて経験が無いため、どうしたらよいのかわからなくて無意識に後図さってしまう。
こっちのことは放っといて早くどこかに行ってほしいのに彼等は距離を縮めてくる。
「迷子なんて可哀想じゃん。一緒に探してあげようか?」
あくまで好青年を演じているが厭らしい下心が見え見えな笑みを浮かべる青年達に、電信柱の影にじりじり追い詰められて逃げ場が無くなってしまう。
困り顔のが辺りを見渡しても道行く人達は横目で見つつも我関せずといった風で通り過ぎていく。
(怖い。風間さん助けてっ)
なんて、気付けば心の中で風間に助けを求めていた。彼は側にはいないのに。
肩に手を置いてくる青年にはっきりと迷惑だという意志を伝えて、自分で何とかしなければならない。
「いえ、結構です。すぐに見つかりますから大丈夫」
「そんな事言わないで、ぐぇ!?」
言いかけて青年は言葉を詰まらせた。よく見えないが背後から何者かに襟首を掴まれて引っ張られたらしい。
突然の出来事にもう一人の青年も目を丸くする。
襟首を掴まれた青年は目を白黒させながらそのままズリズリ後ろへ引きずられてしまう。
「うそ…」
驚きと安堵からは口を開けたまま呆けてしまった。
「この女から離れろ」
青年の後ろから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。しかも相当苛立ちを含んだ低い声色で。
つい今の今までが捜していた相手、風間千景は放り投げるように青年を解放した。
「俺ははぐれるな、と言った筈だ」
風間の顔を見た瞬間、から安堵感が一気に冷めていく。怒気を抑えること無く、冷静な彼は本気で恐すぎる。
「お、おいっいきなり何すんだよ」
文句を言う青年達に向かって風間は殺意すら感じさせる睨みを向ける。
「ひっ」
まさに鬼の一睨、それだけで青年達は無言のまま全力疾走で逃げて行った。
「風間さん、ごめんなさい…」
少し後ろを歩いていたはずなのに急に居なくなったを捜すのは混雑している街中では思った以上に手間取ってしまった。
ようやく見つけた彼女は案の定男に絡まれていて、気安く彼女の肩に触れる男に殺意すら湧き上がってきた。だが、この時代の法律では相手を殺害したり傷付れば大事になるらしく、世話になっているや戸崎、月子の存在があるため怒りを抑えた。
手を繋ぐのを断ったことや危機感の薄さに小言の一つも言ってやりたいが、素直に謝るの泣きそうになっている顔を見てしまうと何も言えなくなる。
彼女を抱き寄せてしまいたい衝動に駆られたが、人通りの多い道でそれは憚られた。
興味津津なのに関わらないようにしている、人間達から向けられる視線は煩わしい。
「…ちっ、此処から離れるぞ」
の手首を掴むと風間は歩き出した。
人通りの少ない路地裏まで半ば引きずるように歩くと、風間はの身体をビルの壁に押し付けた。
「か、風間さん?」
どうしたの、と聞いても無言のままでいる彼の様子から相当怒っているのが理解できる。
でも、目の前にいる風間はの両脇に手を突いていて背中にはコンクリートの冷たい感触。
これでは風間に迫られているようなものではないか。両脇に手を突いているから逃げられないし、今の状況は何なのだろうか。
「ちょっと何を…」
「黙れ」
たった一言では何も言えなくなる。
無言のまま風間の顔が近付いてきて…
(キスされる!?)
思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
唇では無く首筋に温かくて柔らかい何かが触れる。と、同時にチリッという痛みを感じた。
「んっ」
啄むように首筋に当たる唇は痛い痒い刺激とともに吸い上げられている感触を与えられて、風間の訳の分からない行動への怒りと羞恥からの目尻にはうっすらと涙が浮かぶ。
唇が離れていき、ゆっくりと瞼を開けば先程までと打って変わって上機嫌な風間の表情が飛び込んできた。
「口付けされると思ったか?」
「な、にしたんですか?」
精一杯の抵抗として睨みつけてみたが風間は全く動じずに口の端を上げた。
「ただの男除けだ」
何度か問うても同じ事を言われるしもう疲れたから夕飯用の惣菜を買って帰ることにした。
因みに、今度はしっかりと手を繋いだまま。
納得がいかないまま帰宅して、洗面所の鏡を見たは悲鳴を上げてしまった。
首筋に付いていたのは朱い痕。
知識として知っていた。
これは…俗に言うキスマークってやつではないでしょうか?
…さっき風間はただの男除けって、気にするなって言っていた…そんなこと言われたってさ、
それ全く冗談になってないから!
(いくら男除けってもやりすぎでしょっ!!)
「うう…ひどいっこんな状態で街中を歩いていたなんて…これじゃあ恥ずかしいうえに勘違いされまくりじゃないですか」
「フン、俺の女と思われるのはそんなに不満か?」
「な、そーいう問題じゃないって!」
悪いと思いつつも少しだけ笑ってしまった。