クラッシックが流れる室内は、明るさを抑えた照明に西洋アンティーク調の調度品が置かれ、落ち着いた雰囲気の中に高級感を漂わせている。
一見すると洋館の一室を彷彿させる造りだが、此処はれっきとした飲食店だった。と、言っても、ごく一部の選ばれた者しら入ることの出来ない場所だが。
まだ開店前の高級クラブの主である月子は、カウチソファーに緩く腰掛けながら深い溜め息を吐いた。
手の平に乗せたゴルフボール大の水晶球に視線を向けたまま、側に控えている戸崎に問いる。
「…あの子達は上手くやっているかしら?」
誰が、とは言わない。長年の付き合いから戸崎は月子が問うていることを理解しているからだ。
「ええもちろん。最初こそよそよそしいものでしたが今ではお二人共打ち解けたようです。それにさんは以前より柔和で明るい表情をされるようになりましたよ。若い女性らしく、お洒落にも気を配るようになってくれましたし、これも風間さんという異性が近くにいるおかげですかねぇ」
今朝の、キッチンにと一緒に立って朝餉の準備をしていた風間の姿を思い出して戸崎は笑みを深めた。
しかし、問い掛けた月子の表情は曇る。
「確かに彼はあの子のいい刺激になると思ったけど…」
突然、現れた風間千景という若き鬼は他人とあまり関わる事を好まない引っ込み思案な性格のにとって良い意味の刺激となったと思う。
ただ戸崎のように手放しでは喜べ無い。月子には気になることがあった。
風間がこの時空へとやって来る前に視た未来と、現在が微妙に異なり始めたのだ。
手の中に有る水晶球の中心部がぐにゃりと歪み、先程視えた映像をリピートして映し出す。
そう、これから起こるであろう出来事を。
「あの二人、少し慣れすぎてしまったかもね。重なり合う時間は後少しだけど、このままじゃ…」
このまま進んで吉となるか凶になるかは本人達次第なのだが、月子にしてみたら避けたいものだった。
自分と半分同じ血が流れている姪は可愛いもの。例えに「余計なお世話」と怒られたとしても、確かめなければならない。
水晶球を握るとゆっくりと月子は立ち上がる。
「戸崎さん、後はよろしくね」
「おや、今日は戻られるのですか?」
珍しいとでも言いたげな戸崎に月子は第三者が居たら見惚れてしまうような笑みを返す。
「自分の家だもの。たまには帰らなければね」
* * * *
家の主である月子が帰宅して一緒に夕飯を食べるのは久しぶりのこと。
「久しぶりにの作った蓮根が入ったハンバーグが食べたい」とリクエストをされて、張り切っているのかキッチンからはの陽気な鼻歌が聞こえてくる。
リビングのソファーに座った月子は、改めて目の前に座る風間を見てみればテーブルを置かれたお盆に入った蜜柑を黙々と食べていた。
彼は随分と丸くなったものだ。鬼の頭領が大人しく蜜柑を食べている絵は微笑ましく思う。
「ねぇ風間さん」
名を呼ばれて、風間は蜜柑の皮を剥く手を止める。
「貴方はもうすぐ元居た時空に戻るでしょうね」
告げたのは先日水晶球を通して見えた事柄。
僅かに驚きの表情を見せた風間の眼がすぅーと細められる。
「それは、先視というやつか…」
「ええ。それで、一つ約束して欲しいの。…貴方の運命にを巻き込まないでほしいのよ。あの子には普通の女性としての幸せを経験してほしいの」
目の前に座する青年の今後より願うのは彼女の幸せだと、真っ直ぐに風間の眼を見て月子は言う。
「何故、そのような事を俺に言う?」
「鬼は義理堅く、一度交わした約束は破らないのでしょう?」
「確かに鬼は約束を破らない。貴様には借りはあるが…それは出来るかわからんな」
「…それは何故?」
月子に問われれば自分でも不思議に思い、内心首を傾げてしまう。
ただの人間の女と離れるだけなのに、何故頷くことが出来ないのか。
視線を下に向けて考える風間を月子は無言のまま見詰める。
「俺が、」
暫時思案した後、彼が導き出した答えは至極簡単なもので。
「…あいつの事を気に入っているからだ」
そう口に出して言ってしまえば、すとんと胸に落ちる。
(ああ、そうか。そうだったか)
この時代で共に暮らすようになって3ヶ月。離別が近いと告げられて、いつの間にか自分の中での存在が大きくなっていたのだと理解した。
(あーあ、もしかしたら余計なことしちゃったかな…)
おそらくは風間自身が気付いていなかっただろう、を憎からず思っているという気持ちを自覚させてしまったようだ。
このやり取りを知らずに、ハンバーグを焼いている姪が彼を拒みきれるわけ無いだろうし…どうしたものかと、つい月子はキッチンの方を見てしまった。