最近すごい気になることがある。
何故だか分からないけど風間さんとよく目が合う。と言うか、風間さんに見られている気がする。
以前はあまり私に対して、貴様なんぞに興味は無いといった上から目線な感じがする態度だったから、その時に比べたらずっと会話するようになったし笑ってくれるようになって(この笑顔がなかなか可愛いらしいんだ)打ち解けてくれて嬉しいのだけど、今彼から送られてくる視線は何か違う感じがするのだ。
例えるなら、じっと見られているとどうにも落ち着かない、居心地が悪くなる視線。
怒らせる様なことをしたかと記憶を探ってみても心当たりは無し。
基本俺様な彼は優しい一面もあって、ジロジロ見られるのも不快なわけじゃ無いけどどうしたら良いかわからないのだ。
本人にどうしたのか聞くのが一番手っ取り早いけど、これに関しては聞いてはいけない気がする。
“これ以上は聞いてはいけない”第六感がそう告げていた。
「いたっ」
指先に感じた痛みでは我に返る。
鈍い痛みに千切りしたキャベツの上に包丁を落としてしまった。
「あーやっちゃった」
やはり包丁を使って調理をしている最中に考え事をするなどと危険だ。
泣くほどでは無いけど包丁でざっくり切った傷は地味に痛い。人差し指の傷からはみるみるうちに血が滲み出て、絆創膏を貼った方がよさそうだ。
「どうかしたのか?」
「わっ」
ついさっきまで脳内を占めていた相手、風間に声をかけられてはビクッと身体を揺らしてしまう。
小声だったのにリビングに居た風間まで聞こえていたのかと少しだけ吃驚した。
「えっと、ちょっと指を切っちゃって。でもこれぐらい舐めときゃ治ります」
大丈夫だとは苦笑いを浮かべて左手人差し指を右手で掴んでいたが、ちょっと切ったにしては出血が多い。
まな板に置かれた包丁ととを見た風間は、おもむろに彼女の左手首を掴んだ。
「風間さん?」
「舐めときゃ治るんだろ?」
人差し指と親指での人差し指を圧迫止血しながら、口の端を上げる風間に彼の意図を理解して、一気にの顔に熱が集中した。
「え、いやそのそれは言葉の文と言うか…えぇっちょっとまじで!?」
の口から悲鳴に近い声が上がる。
あろうことか人差し指の傷を滲み出る血ごと舐めたのだ。いくら何でも普通舐めるか?
舌先が傷口を広げ痛い上に恥ずかしいし、這うように舐めるその舐め方に厭らしさも感じる。
逃げたくてもいつの間にか肩を引き寄せられていたため、身を引いて逃げようとも身動きがとれないし。
「は、ははなしてくださいっ」
パニクっているをよそに、傷口の血を舐め取った風間の動きが不意に止まった。
「っ、お前…」
もう一舐めして口元から指先を放す。
「そうか、だからあの女は…」
「風間さんっも〜早く放してくださいっ」
風間の呟きは半泣き状態のの声に掻き消された。
羞恥で顔を真っ赤に染めているは、どうやら気が付いていないようだ。
傷口を舐めたのは、よそよそしい態度をとった彼女を虐める目的のためだったが…今の自分の表情がどれだけ目の前に立つ男を惑わして嗜虐心をくすぐっているものかと。
そして、人差し指の切り傷の出血が既に止まっている事に。
第六感が冴えていようが平和な世に暮らしていた彼女では仕方がないが、まぁそれはそれで、
「好都合だな」
茹でタコのように赤くなりながら文句を言っているを見ながら、風間千景は至極愉しそうに笑った。
* * * *
絶対に嘘を言わない相手だと分かっていたのに、聞いた瞬間は冗談かと思った。
「え、何それ?」とか言おうとしたけど何も言葉として口から出てこない。つまりはそれだけ動揺してしまったというわけで。ってか、叔母はこの事を告げるためにお店に呼んだのか。
「だからね、風間千景はもうすぐ元居た時空へ戻るの」
口を開けたまま固まるに月子は再度告げる。
「ほんとう…?」
いろんな思いが巡ったのに、ようやく口から出てきたのはこの一言だけ。
明らかに動揺をしているを見て、本人に気付かれないように月子は溜め息を吐いた。
「ねぇは風間さんのことをどう思っているの?」
「どうって…俺様鬼様ツンデレジャイアン?」
「それだけ?」
問われて少し考える。
確かに唯我独尊な感じはあるが、風間千景はそれだけの男では無い。この3ヶ月共に暮らしていた自分が一番よく分かっている。
「俺様だけどすごい優しい、と思う…」
腹が立つ事もあったけど、面倒見は良いし困った時は何度も助けてくれた。
最初は怖い男かと思ったが今は違う。例えるなら、そう、兄みたいな存在?
答えを聞いた月子はフッと微笑む。
「にとって後悔しない道を選びなさいよ」
「うん?」
首を傾げる様子から、自分自身の感情に鈍いは恋慕の感情を自覚するにはもう少し時間がかかりそうだ。
だからと言って手を貸す義理は無い。
「私の可愛い姪に手を出そうって言うなら、精々自力で頑張りなさいよ」
目の前のには聞こえないように、月子は件の青年に向かったそう呟いた。