数十秒とも数分とも分からない間、空間は渦を巻き歪みながら平成の世とは違う場所へと運ばれていく。
浮遊間から解放されると同時に、耳鳴りと空間の歪みからくる目眩は徐々に治まっていった。
未だに霞がかかった視界は役に立たないが、いつの間にか片膝を突いていたのは感触から畳だろうか。
腕に抱いているは、瞼を閉じていてぐったりと風間にもたれ掛かり意識を失っているようだ。
時空を越えたなどと夢物語のようだが、彼女の存在が今まで居た場所と其処で過ごした3ヶ月という時間が現実だったいう証拠になっていた。
「此処は…?」
視界が自分が居たのは明らかに先程までマンションのリビングとは異なる部屋。
マンションとは異なる木造の低い天井、障子に襖、行灯…電気製品は置かれてはいない。障子から射し込んでくる光から今が夕方だということはわかる。
此処は先程とは時代が異なる場所であろう。
どこかで見たことがある気がしたが、此処が何処なのかははっきりと思い出せない。
どうしたものかと、考えていると少し離れた場所からバタバタと此方へ走ってやって来る足音が聞こえた。
襖に視線を移さずとも直ぐに見知った者の気配だと気付く。
だとすれば、此処は…
「戻って、来たのか?」
「風間!?」
呟きとほぼ同時に、バタンッと勢い良く開けられた襖の向こうに居たのは、久方振りに会う同胞だった。
滅多に見られない、焦った天霧の表情に風間の口元には笑みが浮かぶ。
一方の天霧は、何時もと全く変わらない様子で自分を見やる風間を確認し安堵の息を吐いた。が、風間が腕に抱くに気が付くと大きく目を見開く。
「今まで何処へ行っていたんですか?それから、その女性は?どこから連れて来たのですか?」
「…此処はどこだ?」
呆れ混じりの天霧からの問いには答えずに、ゆっくり立ち上がりながら問いを返してくる風間につい溜め息を吐いてしまう。
昔からふらりと一人で出掛けることはしょっちゅうだったが、少しは今の時勢を考えて欲しい。幕府が倒れる間際、大事が控えているのに行方をくらましてくれるから、此方は薩摩方には言い訳をして不知火と共に散々行方を探しても見付からない彼の心配をしていたというのに。
文句の一つも言ってやろうかと思ったが、いきなり女連れで姿を現した風間にどこか違和感を感じたのも事実。
自分に対して彼が傍若無人な態度をとるのは、小言ではなくつい素直に問いに答えてしまうからいけないのだろうか。
「此処は四条の外れにある旅籠ですが…」
「何…?」
思わず絶句してしまった。
時空を越える前、自分は里の屋敷に居たはず。元の時空に戻ったというのに場所を移動したというのか?
それにしては天霧の格好というか様子が里に居た頃と少し違う。
「風間、5日間もどこに行っていたんですか?」
問われて風間の眉間に皺が寄る。
「5日だと?天霧…今の年号は何だ?」
「年号…?今は、慶応二年ですが…風間、もしや体調が悪いのですか?」
風間は口の中で馬鹿なと呟いた。
しかしこれで確信が持てた。
里に居たのは全てが終わった明治の年号の時期。しかし現在、幕府がまだ存続している慶応に居るという事は、時間が過去に遡っている?おそらくはという異分子が加わったため、戻る時にズレが生じたのだろう。
「風間?」
心配そうな視線を送る天霧には答えないまま、風間は自身の腕の中で何も知らずに安らかな寝息をたてるの頬を親指でなぞる。
「ん…」
くすぐったかったのか、は口元をむにゃむにゃ動かすと長い睫毛が揺れる。
危機感も無い無邪気な寝顔に呆れてしまう。
自分にとって過去の時空とは少々面倒だが、欲しかった女を連れて来れたのだ。多少の時間のズレくらい何とも無いか。またやり直せば良いのだから。
「いや…ただ、面白い体験をしたものよと思っただけだ」
を抱えながら風間は口の端を吊り上げた。