03
現代から行き着いた処は、平安時代末期。平家が権力を握っていた時代から源平の合戦へ……
詳しいいうと、源義仲が倶利伽羅谷で夜襲をかけて平氏軍を破ったあたり。
史実ではこの一月後に平家は都落をする…いうご時勢。
正直、争いには関わりあいになりたくない。
まだ私の周囲は平和で、拾ってくれた白拍子の加奈一家で雑用係&見習いという立場で家に置いてもらっています。
毎日仕事に追われ、空いた時間に舞を習い、気が付けばこの世界に来て半年近くも経っていました。
もうすっかり此方の生活にも慣れて、元の世界で教師をしていた自分を忘れそうです(苦笑)
しっかしどうしてトリップなんかしたんだろう?
確かトリップしたあの日、月子ママが…「運命が待っている」って言ってなかったかな?
…その内わかるよね?
「う〜ん」
この日はなかなか寝付けず、何度目かの寝返りをうった。
この時代の庶民は現代とは違い、板の間に薄い布団?を敷き雑魚寝で寝る。(貴族や身分の高い武士は板の間に畳を1・2枚敷き寝ている)
あんまし寝返りをうつと、固い板の間に当たって身体が痛いけど、寝れないからしょうがない。
(私、いったいいつまで此処にいるのかな?元の世界にはもう戻れないのかな?)
元の世界では、私が居なくなったことはどういう扱いになっているか?
月子ママは多分わかっていると思うけど、校長先生を始め、学校に迷惑かけていないかな…?
この世界でのこれからのことより、一番仕事のことが気になった。
此処はとても居心地がいい。
加奈やこの家の人たちはとてもよくしてくれて、「ずっとここにいてもいいから」と言ってくれる。
この先の事を考えて…と見合いを勧められたこともあった。もちろん断ったけど。
「このまま此処で一生を終えるのかな?」
それもいいかもしれない…
今更元の世界に帰っても世間に話題を提供するだけだろうし、別れたロクデナシ男のことを思いださなくてもいい…
ゴロン…ゴロン
(眠れない…)
寝むれないなら仕方がない。気分転換に…
「お月見でもしたいな」
隣で寝ている奈々を起こさないように、そっと寝所を出る。
電気が通っていないこの時代で夜は暗いものだ、という当たり前の事に気が付いた。
そのため月明かりがこんなに貴重で綺麗だなんて初めて知った。
「綺麗な月…」
まるで吸い込まれそうなくらい美しい月。今夜は満月、少し外に出て頭をすっきりさせたい気分になる。
(さすがに夜一人で出歩くのは危ない)
と、普段なら思うはずだが、この日は何故か外へ出たくなった。この美しい月に魅せられたのかもしれない。
草履を履き、音をたてないようにはそっと裏口から外に出た。
* * * *
満月の月明かりの中川沿いの道を男が一人歩いていた。
男の身なりはよく、着崩しているが貴族のような狩衣姿、腰には刀を挿している。どこか気怠そうな足取りだが、その姿からは隙がまったくみられない。
夜更けに供を連れずに一人出歩いているということは、腕に相当な自信があるのだろう。
―…どんなに肌を重ねても…貴方様は私を見てくださらない…戯れに私を抱くのならば、どうかもういらっしゃらないでくださいませ… ―
サメザメと泣く女を見て、すぐに興が失せた。
ある貴族の宴で知り合ったその女は深窓の姫君にはしては珍しく、物怖じもせず自分を真っ直ぐに見つめる眼差しと気の強さに興味を持った、のだが…
…所詮、ただの女だったか…つまらんな…
“彼”にとっては退屈は苦痛にしかならない。
戦になるならそれでもいいさ…この苦痛から解放されるなら、な。
鴨川に架かる橋の手前で、ふと男は何かに気が付き立ち止まった。何処からか―… 歌が、聴こえる。
「…」
女の歌声…このような夜更けに出歩く女がいようとは…この歌声の主は、退屈を充たしてくれるだろうか…
淡い期待を抱きつつ、歌が聴こえてくる場所に足を向けると……
女、がいた。
鴨川の河原で無防備にも一人、瞳を閉じて聞き慣れない歌を歌っている。
満月の光が、彼女を照らして白磁の肌と黒髪が砂金のようにキラキラと輝かせていた。
「…クッ…これは月から舞い降りた姫君か…それとも…美しい歌声で人心を惑わし、魂を喰らうという妖か…」
男のもらした呟きに女は気が付き振り返る。
彼女の琥珀色の瞳が月の光を浴び、金色に染まっていた。
「っ!?」
人の気配に驚き振り向いた先に立つのは、
強い紫の瞳…白銀の髪…整った顔立ち、一際目立つ強い紫の瞳……
月明かりに佇む男の姿はまるで絵巻物から抜け出できたようで…一瞬見とれてしまった。
この男はー…
「…あ、あなた、は…!?」
どうして!? 彼がここにいるの!?
自分は、そう、彼のことを知っていた。
「…なんで?…どうして?」
彼は…私が大好きなゲーム、遙かなる時空のなかで3のキャラクターで、主人公である白龍の神子の敵で…
……彼は……
平清盛四男…新中納言…知将……平 知盛―……
「ウソ…でしょ…此処は、ゲームの、遙かの世界…?それじゃ、此処には…将臣君や望美もいるの…?」
の呟きを耳にすると、知盛は一瞬方眉を上げて訝しげな顔をする。
(何で?何で?何で?ええええええ〜!?)
混乱し、呆然と頭を抱えているのすぐ傍で低い声がして、ようやく我にかえった。
「クッ、お嬢さんは、俺のことを知っているのか…?」
顔を上げるとすぐ近くに端正な知盛の顔があった。
耳元で囁かれた低い声に、はかぁっと頬が熱くなるのを感じる。
(睫毛も長くて、本当に綺麗な人だな…お香?何だかいい匂いがする…)
知盛の長い指がの顎を掴み、くぃっと上向かせる。
視界いっぱいに銀色と紫色が広がる…
「お前は…何者だ?」
(こ、これはすばらしき萌え萌えな状況…鼻血が…―な、何て考えている場合じゃない!!このままじゃ彼に囚われてしまうー!!)
ドンッ
「ごっ、ごめんなさいぃっ!!」
本能が告げる危機感から、力いっぱい知盛にタックルをかまして、は猛ダッシュでその場から逃げ去った。
その場に残された知盛は一瞬呆気にとられたが、すぐに口角をつりあげた。
「…妙な女だ…」
先ほどまで感じていた倦怠感はいつの間にか消えていた。
* * * *
がらがら バタンッ…
「ハァハァハァ…」
勝手口から家の中に入り、息つく間も無くはその場にへたり込んでしまった。
「…何で、何で知盛がいるの?遙かのキャラじゃん…わけわかんない」
(…というか、もしかしなくてもここは遙か3の世界… 私…過去の世界ではなく、ゲームの世界にトリップしたってことぉぉぉ〜!!怨霊とか出ちゃうじゃん!!戦が始まるじゃん!!うぉ〜〜元の世界にかえりてぇ〜〜!!!!!!!)
デジカメかケータイ持ってくればよかった!
…と思うべきなんだろうけど…この時のにはそんな余裕は無かった。
結局この日は一睡もできなかった…
これが、私と知盛の出会いでした―…