05
――宴の場――
加奈と奈々の姉妹による歌舞は、その初初しい花の様な姿で見る者の心を惹き付ける。
宴に集っていた人々からは称賛の声がもれた。
「…つまらんな…」
周囲の騒ぎをよそに、銀髪の男―…平知盛は端正な顔立ちに不機嫌さを露にしていた。
その様子に気が付いたのか、不機嫌の主とよく似た、少し柔和にした面立ちの公達が声をかける。
「兄上…?いかがなされました?」
弟の問には答えず、知盛は酌をするために側に来た加奈の腕をいきなり掴む。
「おい…」
「な、何をなさいます!?」
「お前と共に来た黒髪の女は、何処にいる…?」
突然の事に困惑しつつも逆らうことはせずに加奈は答える。
「え、彼女は、舞手ではございません故、部屋に控えております…が…」
知盛は答えを聞くと、すぐに加奈に興味を無くしたのか腕を離して立ち上がった。
「兄上?!どちらへ行かれるのですか?」
「…宴には飽いた…重衝、後は任せる」
そう弟に告げると彼はその場を後にした。
後に残された重衡は、気まぐれな行動は何時もの事とはいえ…大きな溜め息を吐いた。
* * * *
「あ〜スッキリしたぁ」
部屋を出た後、何とか女房を見つけて厠の場所を教えてもらいは用を済ますことができた。
だが、直ぐ次の問題に気が付く。
「…此処はどこだろう?」
先程までは厠の事で頭がいっぱいで、何処をどう通って此処まで来たのかわからない。
屋敷の奥まで来てしまったのか、此処までは宴の音は届かないようだ。いくら広いとはいえ、屋敷の中で迷子とは…
「情けない…ええっと、貴族の屋敷は渡殿を挟んで左右対称の造りだから多分こっちかな?」
適当に歩いて誰かに会ったら訪ねてみよう、そう思いながら歩き出す。
「笛の音…?」
微かに何処からか聴こえた気がした。宴の音では無い笛の音が…風に乗り、聞こえてくるその音色は涼やかで澄んだ調べはどこか心を落ち着かせてくれる気がする。
この笛の音の主は…もしかして、彼なのかな?
は耳をすましながら音色が聞こえる方へと足を向けた。
歩いて暫くすると少し開けた池の前に佇む人影が見えた。
綺麗な紫紺の髪を結わえて瞳を閉じている、一瞬、女の子かと見間違えそうな姿…
やっぱり…彼は、平経盛が三男…平敦盛―…
会いたかった敦盛に会えて、本当は小踊りしたいくらい嬉しかったが、邪魔をしないようにそっと足音を忍ばせて近付く。
…綺麗な音色… だが、その中に悲しい響きが混じっている気がするのは彼の素性を知るためか。
「っ…誰だ…?」
驚いた声には我に返り、ゆっくりと彼の前に出る。
「邪魔してごめんなさい。とても綺麗な笛の音が聞こえたから…」
敦盛は戸惑いながらも丁寧に挨拶をする。
「いや、私の拙い笛の音を気に入って頂けたのならば…光栄だ…」
控え目で、可愛らしい彼の姿に頬が緩むのを感じながら、ふと疑問に思う。
「貴方は平氏の公達でしょ?なのに何故宴に参加しないの?」
「…私は…汚れているから…」
苦しそうに言う敦盛を見て、は思い出した。
(ああ…そうだ…彼はもう怨霊だったんだ…)
そんなこと無い…と、言いかけて気が付ついた。
今の立ち位置は外廊下に立つが敦盛を見下ろしていて居心地が悪い。
「なっ何を!?」
「庭に下りようと思って。このままじゃ私が君を見下ろしているでしょ?」
見下ろして話すのは失礼に値する。
裸足で庭に下り立とうとするを見て、敦盛は急いで止める。
「じょ女性が、はしたない」
「では、私の隣に来て頂けますか?」
「…し、失礼する…」
一瞬の間の後、敦盛は頬を赤くしながら律化の隣に腰掛ける。
「ありがとう。私はと申します」
「あ…私は平敦盛だ…」
よろしく、と笑顔で言うと敦盛はにかんだ笑みを浮かべてくれた。・・やっぱり可愛らしい。
だが、次の瞬間敦盛君の目が見開かれ、強張った表情になる。
どうしたの?とが声をかける前に、後ろからクツクツと愉しそうな低い笑い声が聞こえた。
「クッ、こんな処で逢瀬とはな…やるじゃあないか…敦盛…」
この声は―…思わずは身構えてしまった。
ゆっくりと振り向くと、想像通り其所には…
「知盛殿…」
銀髪の“彼”が笑みを浮かべながら佇んで居た…