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06

「 知盛殿…」

ゆっくりと振り向くと、の後ろに銀髪・紫色の瞳をした端正な顔立ちをした男…平 知盛 が皮肉気な笑みを浮かべて立っていた。


「あなたは…」


(ああ…厄介な人に会ってしまった)

こんな時、眼鏡を掛けていて助かる。きっと今の心境が顔に出ているだろうから…
知盛はに視線を移すと、上から下まで舐めるように眺めた。

「クッ、あの一夜の出逢いが忘れられずに宴にお呼びしたというのに…他の男と逢瀬とは…まったくつれない女だぜ」

「はぁ…?!」

何を言ってるのこの人?というか、やっぱり知盛が呼んだのね…そう思うと力が抜けてくる。
知盛は強張った表情のままの敦盛君に視線を戻し、小馬鹿にした笑みを浮かべた。

「ククッ、人の身で無くとも…女への情欲は失せないというわけか」

知盛の無神経な言葉には顔をしかめた。敦盛は苦し気に、顔を歪ませている。

「知盛殿、私は…」

しかし、知盛の刺すような視線に言葉を止めてしまう。
横暴な態度の知盛に苛立ちながらもは敦盛と知盛の間に立ち、努めて冷静に話す。



「…敦盛君はそんなつもりはありません。私が勝手に屋敷の中で迷子になって、彼に話しかけただけです。…それに貴方に、敦盛君の事と侮辱する資格は無いでしょう…幾人もの女性を泣かしたのでは?」


最後の方は声を抑えて言った。
の言葉に気分を害すどころか、知盛は愉快そうに クックッ と目元を歪ませる。

「…なかなか言ってくれるな…やはりお前は、俺を愉しませてくれそうだな」

舐めるような彼の視線に身の危険を感じ、は一歩後ずさった。


「愉しめそうって…あなた、何を言ってるの…今は自分の事より一門の事を考えるべきでは無いの?」

「クッ、お嬢さんは我が一門の案じてくださるのか…だが生憎と今俺が興味があるのは、満月の夜に出会った姫君がどんな女か、ということだ…」


自己中心的な知盛の発言には焦る。
きっと彼に捕まったら、いろんな意味で大変な思いをするだろう。
さらに後ろに下がり距離を取ろうとすると、がっ と腕を捕まれそのまま知盛の元へ引き寄せられてしまった。

「ちょっ、話して…!」

「知盛殿っお止めください!」


敦盛の声を完全に無視して、さらに引き寄せる。
至近距離から見下ろす、紫色の強い視線に負けないようには睨み返すが…


「ほぅ、いい目をするじゃないか…だが、そんな目で睨むのは逆効果だとわからないのか?…これは邪魔だな」


ぐいっ

顎を掴まれ、至近距離に見える端正な顔立ちとビー玉のような紫色の瞳に思わず、魅入ってしまいそうになる。
その一瞬の隙に、知盛の長い指に眼鏡が掛り外されてしまった。


(あっしまっ―…!)



 ぐにゃり…


途端に視界が揺らぐ…
結果、息を吐きながら知盛にしがみつく格好になってしまう。


「…どうした?随分と積極的じゃないか」


愉快そうに笑う声に腹が立つ。

(馬鹿!そうじゃない!)

そう怒鳴りたかったが、その反応はこの男を楽しませるだけだと思い止めた。
清盛が怨霊として存在し陰気で溢れているこの屋敷では、“見えすぎて”しまう。眼鏡が無いと正直キツのだ。
特に今は近くに敦盛が居るのだ。


「…それを返して。それが無いと、困るの」

なるべく敦盛を見ないようにして知盛に請う。


「クッ・・・嫌だな、これがお前に必要な物だろうが俺には関係は無い。どうしてもと言うならば、奪い取ることだな。」


(この男はっ!!どこまでも俺様なんだっ!)

その自己中心さは別れた男を彷彿とさせた―…


「…この馬鹿男っ!!」


 バキッィ


「っ!?」


敦盛が息を呑む声が後ろから聞こえた。
…グーで人を殴ったのは初めてで。さらに左頬に見事に決まって自分でも驚いた。

(ああ…やっちゃったなぁ。私のこの世界での命運もこれまでか…)


知盛は赤くなった左頬に手を当て、驚いた表情でを見ていた。


「…斬りなさいよ…」


は絞り出すように言う。



「…何故?…何故、泣く?」


「…えっ?」




は言われて初めて自分が泣いている事に気付いた。

…何故泣いているの?この涙は何のため…?


「…新中納言殿に無礼を働いたのだから……斬りなさいよ…」

「…お前は斬られたいのか?」

「…いいえ、まだ死にたくはない」

「女に殴られたのは、初めてだ…」

「そう…」


会話が噛み合わないが、とりあえず彼は自分を斬る気は無いようだ。
この世界に来て初めて泣いた。
自分が泣いている事を自覚すると、とめどなく涙が溢れてきて止まらない。



・・・ああ自分はこんなにも疲れていたんだ・・・



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