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07

知盛は痛む頬を気にする事無く、泣き続けるを見つめていた。

後にも先にも男を殴る女など聞いた事も見た事もない。最初は気の強い女かと思った。睨みつけてくる視線が心地良い…そう思ったが…
今、目の前に居るのはうつ向き小刻に肩を震わす、まるで弱い女…


手の甲をゆっくり頬に触れると ピクンッ と反応しての顔が正面を向く。
彼女の長い睫毛は濡れ、流れる涙は瞳を潤わせている。紅潮した頬、紅をひいたように紅い唇はまるで誘っているかの様…
その姿は、知盛の内包する情欲を煽るには十分だった。


「…女の涙など、面倒なものだとばかり思っていたが…な」



知盛の親指がの下唇をゆっくりと撫でる。その仕草に背中に ゾクリ としたものが走った。


(…だめっ…このまま流されては…食われるっ!!)








「お〜い、知盛ー!!」



少し離れた場所からこちらへ近付いて来る声が聞こえた。





「チッ、有川…」

知盛の注意が一瞬そちらに逸れる。

(この声は将臣君…?助かった…)

腕に力を込め、知盛の胸を押して彼から逃れる事ができた。
着物の袖で涙を拭い、精一杯微笑んでやった。



「ありがとう…思いっきり泣かせてくれて…」

「…どう致しまして…」

殴った際に取り戻した眼鏡を急いで掛け、彼の方を見るといつもの気だるそうな表情に戻っていた。
はっと、思い出して振り向くと敦盛君が顔を赤くさせて立っていた。
先程のやり取りを間近で見ていたのだから…無理も無い。今更ながらは恥ずかしくなってきて顔が熱を持つ。



「敦盛君ごめんなさい。恥ずかしいところを見せてしまって…」

「あ、いや…は…大丈夫、なのか?」


あんな場面を見せられたのに、私の心配をしてくれる。本当にいい子だなぁ…と関心してしまう。
その時、先程知盛の気を反らしてくれた声の主が ドタドタ と外廊下を大股でやって来た。




「知盛!お前宴を勝手に抜け出してこんな所に居たのかよ。」


紺色の狩衣の襟元を崩した青い髪の少年、有川将臣君。
学ランは着て無いし髪が伸びているから、もう青年だろうか?どちらにしても年下だから関係無いか…



(うわぁ〜生将臣君だよ!遙か万歳!!)


「なんだ敦盛も一緒だったのかよ。…って、誰だ?」


まじまじとの顔を見る将臣。女性の顔を覗き込む無遠慮な態度だったが、彼が相手のためか腹は立たなかった。

「あんた…」


は慌て顔を触って確認する。泣いたから顔が腫れて凄い事になっているとか?


「えっと私は…」


将臣はのかけている眼鏡を指差す。



「それ、眼鏡だよな?眼鏡をかけているって事は…まさか…あっちの世界から来たのか?」

「あ、何だ眼鏡ね。あっちの世界かどうか解らないけれど、私は確かに此処とは違う世界から来たの。居た時代は…平成だよ」

「平成!?マジかよ!俺は有川将臣。あんたと同じようにあっちの世界から跳ばされて、今は…ここで世話になっている。で、あんたの名前は?」

ニカッ と笑いながら気さくに喋る将臣君は、ゲーム中の印象以上に親しみやすい好青年だと感じた。

「初めまして将臣君。私はといいます。私は確かに此処とは違う世界から来たけれど、君と同じ世界からというわけじゃないよ?私の居た世界では、日本人・外国の人も素で君や敦盛君、知盛殿のような髪色の人は居ないもの」

君はゲームのキャラクターで此処は私にとってはゲームの世界だよ、なんて言えないけれど。

「ま、異世界っても多分似ていると思うケド…細かい事は気にしない方がいいよね?」



同郷の者に出会えた、という喜びがあったのだろうか…将臣はの話に少しの間沈黙した後、口を開いた。


「…ああ、そうだな。…で、何では此処に居るんだ?」

「それはね―…」


この世界に跳ばされて白拍子の加奈一家に助けられた事。宴に召ばれた二人に付き添いこの屋敷に来た事を簡単に説明した。
将臣君から加奈と奈々がしっかり御勤めをはたしていた事を聞いて安堵する。

「そういえば…将臣君や知盛殿は宴を抜け出していていいの?」

敦盛も此処に居るし、いいのか?そう聞くと将臣は頭をガシガシ掻く。


「あ〜!そうだったぜ。流石に戻らなきゃマズイな。ほら行くぞ、知盛。敦盛。」

「将臣殿、私は…」

「だるいな…騒がしいだけの宴は飽いたぜ」

「お前ら文句言うな!あ〜〜俺の立場も考えてくれよ」

将臣は眉間に皺を寄せながら、二人を無理矢理連れて行こうとする。
お兄ちゃん大変だね、とがその様子を見ていると知盛に再び腕を掴まれた。


「…お前も、共に来い」

「えっ?私も!?」

「拒否はさせぬさ…まだ、先程の無礼の咎を問うて無かっただろう?」


ドキリッ との心臓が跳ね上がる。


「クッ『新中納言殿に無礼を働いた』のだから当然だろう?」

「最低…」


ニヤリと笑う知盛をもう一発殴ってやろうかと思い、睨みつけてやるが全く効果はなかった。


「クククッ、暫くは退屈しなくて良さそうだな」


(…やっぱりこの男と関わるんじゃなかった―…)

は深い溜め息を吐いた…



その後、知盛に宴の場に連れて行かれ彼の隣で酒のお酌やらさせられるのでした。
加奈と奈々はとても驚いた様子で、他の人からは好奇の視線を向けられ、敦盛や将臣がかばってくれたけれど、とても居心地が悪い時間を強いられたのだった……



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