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08

雨上がりの午後…


土壁の外壁で囲われた貴族の屋敷―…
屋敷は手入れが行き届き、室内には豪華な調度が置かれて、主の身分の高さを物語っていた。
庭は…松や梅、桜の木が植えられているが、枝を短く切り揃えられているため、シンプルと言うか殺風景で。



その庭を眺める屋敷の外廊下に黒髪の女が座っていた。
その膝に頭を乗せて寝ているのは、銀髪の男。


(何で私がコイツを膝枕しなきゃならないんだろう…)

は膝の上で眠る男、平知盛を睨みつける。
雨上がりの湿気を含んだ空気が髪を頬に張り付かせる。それだけでも苛々するというのに…



「…クッ、そんなに熱く見つめて口付けでも期待しているのか?」

人の膝を占領していた男は、閉じていた紫色の瞳をゆっくりと開け、わざとを困らすような事を言う。


「起きて…って違います!」

慌てて言い返すと、知盛は クックッと愉しそうに笑った。



本当に腹が立つ。
…何故自分はこんな事をしているんだろう…











―…話は数日前、平家での宴に召された日に遡る―…
夜も更け酒の匂いが漂う中、酔い潰れる者も多数。
宴は〔そろそろお開き〕という、まったりとした空気が流れていた。

(今なら抜け出すことができるかな?)

は隙を見てこの場から逃げようと試みたのだが、

「きゃあっ」

不意に背後から伸びてきた手が、の腰を抱えるようにして自分の元へ引き寄せる。


「クッ、何処へ行く?」

「何処って、戻るに決まっているじゃない。あと…離してくれません?セクハラで訴えますよ」

「せくはら…?そう簡単に手放すと思っているのか?白拍子の役目は…ただ舞って宴に華を添えるだけでは…あるまい?」


さらに腕に力を込め、知盛はクツリと意味深に笑う。
一瞬この男が何を言いたいのか理解できなかったが、はたとは気が付く。


〔白拍子〕
直垂、水干、立烏帽子、腰に刀を挿した男装をして歌舞を披露する女性。芸能に長けた遊女。
貴族や武士など、依頼されれば夜の御供をすることもある…


(つまり、知盛の言いたい事は……だめだ、ここでムキになったら負けだ)

怒りだしたい衝動をははグッと唇を噛んで堪えた。


「何であなたの夜の相手をしなきゃならないの?それに私は白拍子ではありません」

「ほぅ…俺が相手ではご不満か?」

「〜〜そういう問題じゃ…もぅっ相手が誰でもお断り!」

これが妄想の中なら大喜びしただろう。でも、現実にそうなると…正直、怖かった。
女慣れしている男を相手したら、何をされるか滅茶苦茶怖いもの。
思いっきり睨みつけてもがいて、何とか知盛の腕の中から逃れることに成功した。


「ククク…やはりお前は面白い女だな。だが、連れの女達は役目を果たしに行ったようだ、が…」

言われて周りを見渡すと、確かに加奈と奈々の姿は無い…

(マズイ…どうしよう)

どうこの場をどう切り抜けるか思案しても、酒が回りつつある頭ではまともな考えは浮かばない。



「おーい知盛、、こっちで呑もうぜ」

天の助け、もとい、将臣が声を掛けてくれた。
これ幸い、とばかりに将臣の側に駆け寄ると、将臣の隣には知盛とよく似た顔立ち公達が居ることに気が付いた。
この人は…十六夜記の銀?いや、違う…
の視線の意味に気が付いたのか銀髪の公達はにっこり微笑む。


「はじめまして、私は平重衡と申します。」

平重衡…というと、知盛のすぐ下の弟だったはず。彼の外見は兄と双子みたいによく似ている。
性格と外見は十六夜記の銀そのもの、いや少し違う…?

(ああ、そうか…彼が銀だったんだ。)

「は、はじめまして重衡様。と申します」



それから朝方まで将臣、重衡、知盛の3人で呑み明かしたのだった。
翌日の朝、酔い潰れた男性陣を放置して、戻って来た加奈と奈々と共に七条の家に帰ってきたのだが…









「うぅ…気持ち悪い…頭痛い〜…」

相当な量の酒を飲んだのだ、当たり前だけど最悪の二日酔いになり、一日中起き上がれなかった。


「大丈夫?粥なら食べれそう?」

「…ごめんね、加奈も疲れているのに…」

加奈は平家の屋敷で何があったのか等と、聞く事はない。
ただ自分の体調を気遣ってくれる。…だからも何も言わないし何も聞かなかった。
ただ宴の席でわかったことは、男が優位であるこの時代の女性は、大変なんだという事くらい…











* * * * 



平家の屋敷から帰って来て三日後、この日は久しぶりに良く晴れたのでは庭に出て奈々と舞の練習をしていた。


「ここの振りは…ねぇ奈々、聞いてる?」

「…えっ何?」


奈々はここのところ、何処か上の空でぼんやりしている事が多くなっていた。
何かあったのかと、体調が悪いのかと聞いても、曖昧な返事を返すだけ。


「あのね…」





「…一体…どうなされたのですか?」

「…あいつは…」

「いえっお待ち…ください!」

ばたばたばた!!


何か言いかけた奈々の言葉を遮るように、玄関付近から数人の男の声が聞こえてきた。

「お客様かしら?」

「それにしては騒々しくない?」



「お、御待ちくださいませっ!」


お母さんの制止の声を振り切り、客人は此方に向かって来る。足音からして、人数は2〜3人の男だろうか?



「っ…」


奈々がの着物をぎゅっと握り、身を固くする。

外廊下に現れた人物は…銀髪と蒼髪の青年と赤髪の少年の三人…



「はぃ…?」

まるで信号機みたいな髪色。見知った人物の登場で、変な声を出してしまった。
奈々も驚きのためか目を丸くしている。


「知盛、殿…将臣君も…何してるの?」

「…悪い、止められ無くてな」

将臣は本当に申し訳なさそうに答える。


「クッ、会いに来いと言ったのは、お前だろう?」

知盛は笑いを含みながら答えた。



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