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09

「…ちょっと待って、何時私が“会いに来い”なんて言ったの?」

そんな変な事言った記憶が無い。いや、正直な話平家で呑んだ時の事はほとんど覚えていない。
…知盛に聞いても苛つきそうなので、将臣に聞いてみることにした。


「知盛がさ、お前を召し抱えてやろうかって聞いたら、“冗談じゃない。私に会いたいならそっちが訪ねて来なさい”ってさ、言ってたぜ」

え…言いましたっけ?そんな事。だからと言って…は眉間に皺を寄せながら思い出そうとしたが、全く思い出せない。


「それにしても本当に訪ねて来るかな?!今はいろいろと危険な情勢でしょ?気楽に出歩かないでよ」

「ククク、何だ?夜の逢瀬が良かったのか?」

知盛はからかっているのだろうが、言われたの顔はみるみる間に真っ赤に染まっていく。


「いいえ! そんな事は一言も言っていません!」

「おぃ落ち着けって」

ぎゃあぎゃあと騒がしい20代3人をヨソに若い二人は頬を赤らめ、見つめ合っていた。



「奈々会いたかった・・・」

「・・・清房様・・・」

恥ずかしそうに目を臥せる奈々。
奈々の呟きを聞き、の動きが止まる。清房って、平清房―!?

平清盛の八男。一ノ谷の戦いで兄知盛と共に生田の森で戦ったという・・・
赤い髪の高校生くらいの少年は、顔の造りは知盛や重衡に似て綺麗な顔立ちをしていた。その瞳は銀髪兄弟と同じ紫色。


(そうか、この二人は…)

人の恋路を邪魔するほど子供ではない。
その後、奈々と清房君は二人きりにさせてあげ、はお母さんと加奈が用意してくれた唐菓子を食べながら、将臣と自分達の世界の話に花を咲かしていた。






「へぇ〜は学校の先生だったのか。どうりで突っ込みが厳しいと思ったぜ」

「将臣君は高校生だったんだよね。私の学校だったらその髪色は生徒指導ものだよ?「直して来るまで教室には入るな」って説教と反省文だね」

「げっマジかよ〜」

お互いの世界は共通点はあるもののやはり異なる世界。だが、現代の話が通じることが純情に嬉しかった。
海外旅行に行き、旅先で日本人に会うと嬉しい気持ちと似ているのだろう。
知盛はその間、壁にもたれて昼寝をしていた。時折肩が揺れていたから熟睡はせず、と将臣の話に耳を傾けていたのだろう。











* * * *



気が付けばすっかり日が暮れ、辺りは茜色に染まっていた。
と加奈、奈々、お母さんは玄関口で彼等を見送る。


「長々と世話になったな。また話そうぜ先生」

「クッ・・・ではまた、な」

「奈々、また・・・」

「清房様、お気を付けて・・・」

奈々と清房、若い二人の手を取り合って別れを惜しんでる様子を見て、は思わず微笑んだ。。
しかし、後姿を見送った後、ふと将臣の言葉が脳内で蘇る。


また、今度・・・?



「待って!」


の呼び声に、足を止めた3人の元へと駆け寄った。
この先、後一月程で源義仲率いる源氏の軍勢が京に入って来る。
もしも源氏に「この家の者は平氏と繋がりがある」と思われたら・・・
自分がきっかけで一家を危険な目に会わせてしまうかもしれない。
…そんな事はできない。


「・・・どうしたんだ?」

息を切らしたまま黙っているに将臣君が声を掛ける。


「将臣君、知盛殿、次は私があなた達を訪ねるね」

「何だ、夜這いか?随分と積極的だな・・・」

知盛の発言には笑顔のままだがその額に青筋が浮かんだ。


「それは絶対有り得ません!!とにかく、私が訪ねるから、私がお屋敷に行っても大丈夫な様に取り図らってね」


「おぃおぃ・・・いいのかよ?」

「またあなた達が来て騒ぎになったら正直な話、近所迷惑で困るから・・・」


溜め息混じりに言えば将臣君はそうだな、と納得してくれた。
平家とはなるべく関わらないように・・・と思っていたのに。どんどん深みに嵌っていくような・・・そんな気がしてきた。















―― 六波羅 ――

平家の屋敷が立ち並ぶ一帯の中でもは一際大きい屋敷の前に立っていた。


「あの、新中納言様の御屋敷は此方でしょうか?」

新中納言 知盛が通すように取り図らってくれたのだろう。
門番をしている厳つい顔の武士は、の顔を ジロリ と一瞥するとすんなり屋敷の中に通してくれた。






「クッ本当に訪ねて来るとはな」

「歓迎してくれてないのなら、帰りますけど」


少し離れた場所から女房達の視線を痛いくらい感じ、は居心地悪そうに辺りを見回した。
本音を言えば早く帰りたい。
屋敷の主であり、宮中では「今光の君」と呼ばれている(らしい)新中納言 平知盛殿。
申し分の無い身分にこれだけ綺麗な容姿の彼だ。御近づきになりたいという女性は少なくは無いだろう。
貴族の姫君でも無く、得体の知れないに嫉妬の視線が注がれても当然の事と言える。
知盛は、の心境を知ってか知らずか、(絶対に気が付いていそう)油断するとセクハラしようとする。


「暑っ苦しいので、セクハラは止めてください」

「お前は本当に面白い女だな」

全く!顔はこんな綺麗なのに性格が破綻しているとは、ブツブツ文句を言いながら怒っているのに知盛は愉快そうに口元を歪めた。


何度か屋敷に通っているうちに、女房達の視線には慣れて気にはならなくなった。
でも、平家一門の一大事な時に知盛はこんなに平和な事をやっていていいのか?そう思わずにはいられなかった。






って本当に知盛に気に入られているんだな」

「違うと思うけど・・・ただこの世界の女の人とは毛色の違う私が珍しいだけじゃない?」

将臣は辛口なの言葉に はははっと笑う。


「我儘に付き合わせてワリイな。でもまっ、今は・・・許してくれよ、な?」

彼の瞳はどこか悲しそうで、切ない気持ちになる。高校生だった将臣も平家の行く末は知ってるはずだ。


「・・・今は」

「うん?」

「将臣君は、この先・・・」


この先―…遙か3のゲーム中の将臣君が言っていたように、「世話になった人達に恩を返すため」彼はこの先も平家と共に歩むだろう。
例えそれが滅びへの道だとしても…


「ううん、ごめんね何でも無い」


生き残るため、元の世界に帰還するために安全な道は平家より白龍の神子と一緒にいること。


そう、決めた筈なのに…

小さな棘が刺さったかのように、胸の奥が チクリ と痛んだ。









の膝に頭を乗せ、規則正しく寝息をたてる知盛の銀髪を指ですいてみる。
思いのほか柔らかい髪。これが、あの有名な猛将平知盛だとは思えない。


「…しょうがないなぁ…膝枕は、今だけだよ?」


胸に刺さった棘は、簡単には抜けそうには無かった―…



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