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が六波羅の屋敷に通い出して数日経ったある日。
昼下がり、屋敷を訪ねると知盛と将臣が庭で剣術の稽古をしていた。


ガキィン!

二人が手にする木刀と木刀が激しくぶつかりあう。
稽古とはいえ、激しく打ち合う場面なんてこの世界に来てから初めてで、気がつけば見入ってしまった。


「凄い…」

剣道の試合なら以前に見たことあったが、木刀とはいえこんなにも実戦に近いものは見たことは無かった。
しかも、素人目で見ても二人はかなりの使い手で…
武に長け知将と呼ばれている知盛は当然だが、将臣君の太刀捌きには正直驚いた。
速さは知盛には敵わないものの、一撃の鋭さは引けをとらない。



「クッ勝負あった、な」

知盛の持つ木刀の切っ先が将臣君の喉元に突き付けられる。

「あ〜くそっ〜」

互角に見えたが、技術面ではまだまだ知盛の方が上らしい。
知盛につけられた擦り傷を撫でながら、将臣は手ぬぐいで汗を拭う。


「ねえ、現代っ子の将臣君。君は誰に剣術を習ったの?」

「基本は知盛やら重衡かな?一門の者ならば武術に長けているから、手が空いてるヤツに頼んで手合わせしてもらってたんだ」

「そう…」

目を臥せながらは考えを巡らす。
これから先、もし戦に巻き込まれたら自分の身は自分で守らなければならない。
神子では無い自分には、守ってくれる八葉は居ない。戦い方も一般人だったため、もちろん知るわけ無い。

この世界で生き延びるには、力が必要で―…ならば…


「私に太刀の扱い方を教えて!」


ブッ!


突然の大声に、丁度杓で水を飲んでいた将臣は思いっきり吹き出した。
運悪く吹き出した水が近くに居た知盛にかかってしまう。


「…おい、有川…」

「ゲホゲホゲホッ…」

気管に入ってしまったのだろう、眉間に皺を寄せる知盛をよそに、将臣は暫くの間非常に苦しそうにむせていた。


、何考えてんだよっ!?」

「だって、これから何があるかわからないでしょ?」

いけないかな?できるだけ軽く答えると、将臣に睨まれてしまう。

「お前なぁ〜簡単に言うなよ。それに面倒事に巻き込むような事はさせないから安心しろって」

「…此処は私や将臣君が居た世界とは違う…戦が在ろうと無かろうと生き残れる保証は無いよ。だからこそ防衛手段は必要でしょ?」

「っ、だが…」

「有川」

将臣の言葉にかぶるように、手拭いで濡れた髪を拭いていた知盛が口を開く。

「そいつの言うことは一理ある…それに、本人がその気なら止めても無駄であろう?」

「へ…たまには真面な事も言うんだね。基本だけでもいいので、よろしくお願いします」

「…いいのか?」

「うんっ!」

二人に向かっては ペコリ とお辞儀をした。












「失礼いたします」

少し小ぶりの木刀を将臣に選んでもらい、剣術の型から教えてもらおうという時、髭を生やした舎人が知盛に近付くと何やら耳打ちをする。


「…ああ、わかった」

チッと舌打ちしながら、知盛は将臣に向かって「用ができた」と言い伝令の舎人と出掛けてしまった。


(何だろう?)

不思議そうな顔をしていたのだろうか、将臣が知盛の向かった方に視線を送りながら答える。

「話し合いに呼ばれたんだろう」

「将臣君は行かなくてもいいの?」

話し合いとはおそらく源氏とのキナ臭い話か…後に平家の中心的役割を務める将臣が行かなくてもいいのだろか。

「いいって。俺は宗盛に好かれていないしな」

「あっ…そうか」

平重盛亡き後、平氏一門の棟梁となった宗盛。彼にとって還内府の存在は自分の立場を揺らしかねない。歓迎しないのは当然と言える。
ぼんやり考えていると、将臣から ほらっと木刀を手渡された。

「じゃあとりあえず基本から入るか」

木刀を振ってみろと言われて、普通に振り下ろしてみる。


ブンッ


「わわっと」

女の細腕で、小ぶりとはいえ重い木刀を振るのは相当な力がいるらしく、勢い余ってよろけてしまった。


「余計な力が入ってるな。えーと、立ち位置は…柄の握りは…」

足は前後に肩幅くらいずらして…将臣はの手を取り、木刀を構えさせてくれる。
軽くセクハラだ…と思いつつも、教えてもらってる手前そんなことは言えない。



「おっいいぜ、そのままの体勢で振ってみろよ」

「わかった」


ブンッ


少し握り方を変えただけなのに先程よりも軽い力で振れて驚いた。


「さっき振った時とは違う音がした…」

「真剣だともっと違う音がするぜ。お〜しとりあえず素振り500本から始めるか」


顔を引きつらせるとは対照的に、将臣は爽やかな笑顔で言い放った。

「い、いきなり500回って…アリエナイ…」

「ま、何事も基礎体力は必要だからな。がんばれっ」

この様子じゃ何を言っても無駄か。はガックシと肩を落としたが、意を決し木刀を構え直した。












* * * *





「…498…499…500…しゅうりょぉ〜」


日が暮れる前に何とか課題はこなすことが出来たが、過呼吸になりそうなくらい息が切れ、はその場に座り込んでしまった。
腕の筋肉が悲鳴を上げプルプル痙攣しているのがわかる。


「大丈夫か?」

一方、一緒に素振りをしていたはずの将臣は平気な顔をしている。


「…ハァハァハァハァ…社会人になってから全然運動して無かったから…」

「なる程、先ずは体力をつける必要があるな」

「ご、ご最もです。これから早朝ジョギングをしよう…」

とにかく、自分から教えて欲しいと頼んだのだ。このままじゃ悔しい。
の毎朝の日課に@早朝ジョギングA素振り が加わった。







、頑張ってね」


加奈やお母さんは突然鍛え始めたを見て困惑しているようで、「突然どうしたの?」と何度も聞いてきた。
基礎体力をつける&社会人になってから付いてしまったお腹の贅肉をなんとかしないと!!その一心で今日も体力作りに励む。
奈々は清房君から事情を聞いて知っているのか、毎朝応援してくれていた。


「私もまだまだイケるかも」

基礎体力作りを毎日続けていたら、長時間素振りを続けていてもあまり疲れなくなってきて、は満面の笑みを浮かべる。
“継続は力なり”とはよく言ったものだ。


「でも、まだこれじゃ力不足だよね」


生き残るためにはもっと強く鳴らなければ…
は木刀を握る手に力を込めた。



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