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12

「え、今日は知盛殿が…?」

「…俺ではご不満か?」


何時もなら、屋敷を訪ねた時に大体居る将臣は今日は不在で…代わりにいつも面倒臭がって将臣に押し付けている知盛が稽古をつけてくれるらしい。
珍しいこともあるものだ。は雨が降るのかと天を確認した。


「わっと!」

いきなり知盛から木刀を投げ渡される。

「不満…と言うか、いろんな意味で不安。手加減無しでしごかれそうな気がするのですが…」

どうしたものかと戸惑っていると、知盛は片手で木刀を構える。
二刀で無いのは少しは手加減してくれるという事だろうか?


(すごい…)

目の前の男はやる気も無く、ただ気怠そうに立っているだけなのに、その姿には打ち込む隙が見当たら無い。


「どうした…?さぁ、来いよ」

「来いって言われても…私は基本しか教えてもらって無いのだけど」

「クッ、心配せずとも俺が直接体に叩き込んでやるさ」



直接体に…今の発言には深い意味は無いだろうけど、どうしてかこの男が言うとエロイ響きに聞こえてしまう。


(あ〜もうっヤケだっ!女は度胸!!)

は覚悟を決めて地面を蹴った。







「たぁぁ〜!」

「クッ」


何度か打ち込んでみたが、の攻撃は簡単に防がれてしまう。
というか、完璧に…太刀筋が読まれている。
視線の先には悠然と木刀を構える知盛。
肩で息をしているとは対照的に、綺麗な銀髪も息も乱す事無く汗も殆んどかいていないその様子に苛立ってくる。
額から流れ落ちる汗が目に入り、視界が霞む。
…眼鏡は邪魔だし危ないから今は外していた。

木刀の柄を握る手が汗で滑り、落としてしまいそうになる。



「クッ…そろそろ、こちらからも仕掛させていただこうか」

言い終わるや否や、知盛は攻撃に転じる。
地を蹴る速さが先程とは明らかに違う。



ザッ…


ガァンッ!


「つ、くぅ…」


受けた一撃が重いっ…!腕にピリピリとした衝撃が走った。
柄を両手で力一杯握り締めて何とか木刀を落とす事は無かったが、そう何度も受け止めていられない。

木刀と木刀がぶつかる時、知盛の視線が真っ直ぐにを見ている。
知盛との視線が絡み合い重なる。
その時、はゾクリと背中を撫でられる様な妙な感覚を覚えた。


「いいぜ…その視線…ゾクゾクする…」

打ち込んでくる一撃を何とか受け止める。
力比べでは負ける、そう判断すると一瞬後ろに体を引きそのまま知盛の脇に一撃を叩き込む―




ガキィンッ!



「つぅ…!」


カラン…


の手から弾かれた木刀が地面に落ちる。


「…それで裏をかいたつもりか?」

「…裏をかけたと思ったのに…腕が折れるかと思った。少しは手加減しください」

「クッ…加減しなければお前は生きてはいまい」


悔しいけれどその通りで、知盛に反論できずには唇を噛む。








「いたたた。明日は絶対打ち身と筋肉痛で動けなくなりそう…」

用意された手拭いで汗を拭いていた知盛だったが、腰をさするを横目で見ると女房に水を持って来るように命じた。



「…どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

女房から杓を受取り、ゆっくりと水を飲む。
少しだけ楽になる呼吸に深呼吸を繰り返していると、近付いてきた知盛がの手から杓を奪い取り一気に水を飲み干した。


「か…間接キス?」

「きす…?」

慌てるとは逆に知盛は気にしてないようだ。
まあ自分もいちいち照れる様な歳では無いが、いきなりの事に焦ってしまった。
水を飲んでいる知盛を見上げていると、不意に目が合う。


「あっ」

その時、知盛のこめかみから顎にかけて すぅっと汗が一筋伝った。
その無言の色気にドキリとする。
は気恥ずかしさから思わず目を反らしてしまった。
・・・このドキドキと脈打つ動悸は、きっと激しく運動したため。

「クッ…俺の太刀筋を忘れるなよ?」

「わっ忘れるなって言われても…無我夢中だったから覚えて無いと思う」

「クククッ、ならばその体に俺を刻み付けてやろうか?」

腰を抱えこもうとする彼の腕から逃れるのも、もう慣れた。



「も〜セクハラは止めてください!」

きっと自分の顔は真っ赤になっているだろう。熱る顔を自覚しながら隠すように横を向く。
知盛はそれを見てクックックと愉しそうに笑っていた。


油断するとセクハラをしようする知盛とのやりとりの中、ふと思ってしまう。

叶うものなら、…もう少しだけ…どうかこのままでいれたらいいのに。と―…
でも願いは叶うことは無い。月日は待ってはくれないのだから。





そして、時は戦乱へと動き出すのだ―…



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