閑話(重衡)
「兄上が女を探させている?」
「はい、何でも七条の辺りで出会った黒髪でコハク色の瞳をした女を探しているとか…」
禿髪の言葉に重衡の口から溜め息が出る。
貴族の姫に飽きて、次は町娘にでも興味を持ったのだろうか?
移り気なのは…何時もの事だ。
町娘に興味を抱くのはどうかと思うが、じきに飽きるだろう。
兄は浮いた噂に事欠かない。自分も人の事は言えないが。
だが少なくとも、傷付けて捨てるような真似はしない。
その尻拭いをさせられるのは自分だ。
何度兄に捨てられ、泣き崩れる姫君を慰めたことか…。
「初めまして、と申します」
宴の席で将臣に紹介された異なる世界から来たという女。
彼女が兄が探していた…?
…このどこが?
目元は変わった装飾品(視力を矯正するものだと説明された)で隠し、特に美しい声をしているわけでは無く、体つきも男が惹かれるようなものでは無い。
少し話しをすると彼女が聡明なのはわかったが、さして興味は抱くことはなかった。
兄が興味を持ったのは、周りにいる女と違う毛色の物珍しさから。
将臣も自分と同じ身の上の彼女を放っておけずにいるだけだ、と思っていた。
彼女が頻繁に兄の屋敷を訪れるようになってから兄の機嫌は良かった。
「珍しいこともあるのですね…」
聞けば平気で庭に降りて、女性の身でありながら将臣と一緒に剣の稽古をしているらしい。
重衡が知る限りではそんな女は聞いた事は無いし、貴族の姫君には有り得ないことだ。
ある夜、酒を酌み交しながら尋ねてみた。
「にまだ手を付けていない様子…兄上は、彼女を余程大事に思っているのですね」
「フンッ無理矢理抱けば、あの女は俺を見なくなるだろうからな…俺は自分の楽しみを棄てる真似はしない、さ」
耳を疑った。
本当に珍しい。遊びでは無いという事ですか。
「わっ!」
「大丈夫ですか?」
「すいません、重衡様…」
酒の席で、転びかけた彼女が顔を上げたとき、初めて見た素顔に魅入ってしまった。
ほんのり赤く上気した肌、紅をひいたように赤い唇、そして潤んだだコハク色の瞳、酒に少し酔ったその表情は、まるで誘っているかの様で…
男としての情欲をかきたてられる。
「成程…兄上が気に入るわけですね」
微笑むと顔を朱に染め、顔を反らす。その仕草が妙に可愛いらしく感じた。
その後すぐに兄に横から奪われてしまったが。
「たまには私の誘いに了解していただけませんか?私は可愛いらしい貴方にこんなにも恋焦がれているというのに…」
甘く囁けば大概の女は落ちる。だがは違っていた。
「重衡様、駄目ですよ?そう簡単に「恋焦がれる」とか言わないでください。そんな態度を振りまいていたら本当に好きな女性ができた時に、その言葉の重みが半減してしまいますよ?」
私の目を見て、真っ直ぐな瞳で言う。
…決して自分に媚を売らず、その瞳に強い意思を宿す女。
きっと兄もそんなところに惹かれているのだろうか…
目の前にいるの手首を掴み、甲にそっと口付ける。
「重衡、様?」
驚く彼女に微笑みを深くして言う。
「貴方に、さらに興味が湧きましたよ…」