閑話(将臣)
…シトシトシト…
霧雨の様な雨が降る―…
静かな雨天の昼下がり。
俺は部屋の外廊下に出て、思考の海をさまよっていた。
「…臣君、将臣君ってばっ」
名前を呼ばれ、顔を上げると黒髪に眼鏡をかけた女が俺の顔を覗き込んでいた。
「将臣君、やっと気が付いてくれた」
そう言うとにっこりと笑う。
…俺と同じ様に源平の合戦が激しいこの世界とは違う世界から跳ばされ、
しかし俺とは異なる世界から来たという不思議な女…
「…、来てたのか。ワリィ考え事していて気が付かなかった」
ふと彼女が一人で居ることに気が付いた。珍しい事もあるもんだな。
「そういや、めずらしいな一人で此処に来たのかよ?知盛はどうしたんだ?」
「も〜何で私はあの男とセットなのよ!私と知盛は別にそういう仲じゃないって知ってるでしょっ?!」
本当に迷惑そうに言い放つ彼女を見て苦笑する。
知盛…こりゃ落とすのはなかなか大変そうだぜ?
「そうそう将臣君、凄い眉間の皺だったよ?一体…何考えていたの?」
は俺の横にストン と腰を落とし、人指し指を ツン と俺の眉間に当てながら言う。
どう、答えるべきか…
眼鏡越しとはいえコハク色の瞳は真っ直ぐ自分を見つめている。下手な嘘は見抜かれそうだな…
「…いや、これからのことをな…」
そう言った途端、の表情が曇る。
元の世界では社会科の教員をしている、と聞いた。当然平家の行方を滅亡を知ってるだろう。
「…もうこれ以上、誰も死なせたく無いんだ…先の戦は何も変えることが、出来なかった…」
脳裏に、倶利伽羅峠での光景が脳裏に蘇る…
谷を埋め尽す程のおびただしい死体の山、その中にはもちろん知ってるヤツもいた…
忘れることなんて、できない…
…俺は生き延びた、だが、何も出来なかった…
ギリッ と唇が切れる程噛み締めていると、頭に ポンッ と手が乗せられた。
「…私の前では、還内府じゃなくて将臣君でいていいよ?」
幼子をあやすように優しく頭を撫でられ、くすぐったいようなこそばゆさに目を細める。
おぃおぃ俺はガキじゃ無いんだぞ。
そう思うが何故かその手を振り払うことができない。
「…弱音吐いて、泣いてもいいから…」
さらに彼女の細うでにぎゅっと抱き締められる。
「将臣君…頑張ったね、しんどかったね…エラかった…」
彼女の腕の包まれて…その優しい温かさに、伝わってくる心臓の鼓動に不意に涙が出てきた。
あぁコイツは、生きている。
まさか…女の前で泣くなんて、な。
でも悪い気はしない…ほんの少し、重たかった気持ちが軽くなった気がした。
……はこれからの戦に巻き込んでいけない、そう思った……
優しい彼女を傷付け、泣かす事はしたくは無いから…
…―いつの間にか雨は止んでいた―…