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時は、寿永二年七月二十二日(西暦1183年)
北国から、義仲の大軍が源行家が数千騎を率い、宇治橋から京へ突入しようとしていた頃・・・

六波羅殿の邸では平氏の者達が男女問わずバタバタと走りまわり、戦前の様に騒然としていた。
その屋敷の一室には、一門の主だった人物が集まり話し合いが行われていた。

「摂津・河内の源氏たちも同調して、京へ攻め入るとの報告もあります」

「これは吉野山に逃げた方がいいのでは?」

「逃げるなどけしからん!京周辺の戦力を集結させて向かえ討つべきではなかろうか!?」


様々な意見がぶつかり合う中、将臣は眉間に皺を寄せ最良の策を考えていた。


「如何いたしましょうか」

経正が考え込んだままの将臣に声をかける。


「クッ、俺は京の都で戦となっても構わないが…」

「おい知盛!馬鹿なこと言うな!」

思わず将臣は知盛の胸倉を掴んでしまった。
この男は本当に京を火の海にすることもやりかねないからだ。
できることならば、京を戦場にするのは避けたい。となれば、残る道は唯一つ。



「ああ…どうすれば…」

選択を迫られた現平家の棟梁である宗盛は頭を抱えていた。
その姿はとても知盛や重衡と血を分けた兄弟とは思え無い。先の戦で棟梁としての面子を潰され、今や平家内の地位も将臣に脅かされていたのだ。


「宗盛、京を戦場にするわけにはいかない…ならば」

「き、貴様の意見など聞いておらんっ!」



その時、将臣に食ってかかる宗盛の真後ろの何も無い空間が歪み、突然声が降ってきた。



「何を騒いでおる」


幼い、しかし威厳に満ちた声に、部屋に集っている者達は瞬時に静まる。



「清盛」

「ち、父上っ」

現れたのは金色の狩衣を纏い、赤髪を童形に結って背中には蝶の羽の装飾を付けた十一、二歳の童子。
だが、身に纏う空気が彼がただの童子では無い事を物語っている。


「宗盛、嫡男である重盛の指示に従うのが筋であろう?」

「くっ…」

ギリッと奥歯を噛み締め、将臣を睨むが清盛に言われてしまえば宗盛は何も言わずに引き下がるしかなかった。
知盛はそんな兄に冷ややかな視線を向ける。

「クッ、それで重盛兄上はどうなさるつもりで?」

皆の視線が集まる中、将臣は還内府の顔で告げる。


「…京を後にして…西国へ下る」










* * * * 



時を同じくして、民衆の間にも「源氏が京へ攻め入ってくる」という噂が広まっていた。
荷物をまとめ京を逃げ出す者、家に隠り怯えている者…混乱に紛れて強盗や引ったくりが増加し、京は混乱の渦中にあったのだ。
七条の加奈親子の家でも、来るべく戦に備えて荷の整理や戸締まりをしていた。


…これからどうなるのかな?」

「源氏は一般人にはそう危害は加えないと思う…だけど平氏との戦は避けられ無いでしょうね…」


戦が始まるかもしれない、そんな話をしていると屋敷の奥から何事か言い争う声が聞こえて、二人は顔を見合わせた。


「奈々っ待ちなさい!今外に出たら危ない」

「離して、行かせて!」


察するに玄関口でお母さんと奈々が揉めているらしい。
まさか、とたちは急いで玄関口へ向かった。



「奈々?!」

「駄目よ奈々っ」

「お願い、清房様の所へ行かせてっ」

今にも外に飛び出そうとする妹の背中を擦りながら、加奈は幼い子供をなだめるように優しく言う。

「今平氏の屋敷に行くのは危険よ。清房様を焦る気持ちはわかるけれど…」

「わかってる。でも、最後に一目お逢いしたいの」


“最後に一目お逢いしたい…”

確か史実では、清房君は生田の戦いで命を落とす…泣きじゃくる奈々を見て胸が痛む。
はそっと奈々の肩に手を置き、彼女の目を見て言った。


「奈々いいよ。清房君に逢いに行こう」

っ何を言うの?!」

慌てる加奈とお母さんに、は大丈夫 と笑い返す。

「このままでいるよりは…逢ってすぐに帰ればいいでしょう?それに、私も行きたいもの」

「でも!」

「大丈夫、私が奈々を守るから。無茶はしないからお願い」

…」











* * * *



― 六波羅 ―


押し問答の後、何とか加奈とお母さんを説得することに成功したと奈々は混乱と闇に乗じて意外と楽に六波羅へ向うことが出来た。
普段は兵による警備が厳しい六波羅の一帯でも混乱していたが、「知盛、将臣の友人」であるは顔なじみとなった門番に簡単な事情を話すと、すんなり屋敷にと入れてもらえた。



「奈々!?何故此処に…」

「清房様っどうしてもお逢いしたかったのです」

涙を流しながら、奈々は突然の訪問に驚く清房に抱きつく。


!?馬鹿!何でこんな時に来るんだ」

将臣は突然訪ねて来た達を見て、当然だが戸惑い少し怒ってるようだった。

「だって…一人で飛び出して行きそうな奈々を放っとけないでしょ?」

「だが、今は…どんな時かわかっているだろ?」

「それはわかってるよ。だからこそ今来るのよ。それで、将臣君は…どうするの?」

聞かなくとも彼の答えはわかっている。
恐らくは…


「俺は…平氏の奴等と一緒に行く」

迷いもなく、きっぱりと告げた彼の顔は既に有川将臣ではなく平家の“還内府”の顔をしていて。


「一緒に…?でもそれは…」

「そんな顔をするなって。大丈夫、お前を巻き込む事はしない。…絶対生き延びてやるさ俺も、平家もな!」

にかっと笑う将臣の姿は何時もと変わらないのに、は胸が痛くて堪らなくなった。
だって、知っているもの。彼がこれからどんな思いを、泥沼の戦いを強いられるのか。


「俺は近々京を離れる。暫くは戻って来れないだろうから…お前に頼みがあるんだ。」

「頼み?」

「京を離れた後、暫くは戻って来れないだろうから…実はさ、俺と同じ様に此方の世界に跳ばされた弟と幼馴染みがいるんだ。もし、そいつ等に会って困っていたら助けてやってほしい」


一緒に跳ばされた弟と幼馴染みって、望美ちゃんと譲君…のこと?
はゆっくりと頷く。


「わかったよ。頼まれてあげる。だから…元気で…また、会おうね?」

「サンキュッ。ああ…またな」


なるべく自然な笑顔をつくって将臣と少年漫画さながらの固い握手をする。無理にでも笑顔をつくらなければ、泣いてしまいそうだから。

(大丈夫、彼は死なない。ゲームと同じ道筋ならばまた会えるから)







「随分と仲が良いじゃないか…」

将臣との会話に集中していて声をかけられるまで全く気が付けなかったが、何時の間にか薄ら笑いを浮かべた知盛が後ろに立っていた。


「っと、知盛」

じゃあ後はよろしくな、と言って将臣はその場を後にする。
その場に残されたのは、と知盛の二人。


「…知盛殿」

「ククク…俺に焦がれて此処に来たのか?」

「もう、そんなんじゃないっ!…ただ、貴方に伝えたい事があって…」

そう言って知盛の目を真っ直ぐに見詰めた。
知盛の綺麗な、紫水晶のような瞳が細められる。
何時もは・・・怒ってばかりだけれどこんな時くらい素直に伝えたい。


「また、会う時まで…無事でいて…?」


それは心からの願い…。
もしかしたら次ぎに会う時、彼と自分は敵同士かもしれない。戦場での再会かもしれない。
それでも願わずにはいられない。彼の、平家の無事を。

知盛はくつりと喉を鳴らすと、身を屈めての耳元に顔を寄せ、低く甘い声で囁やいた。



「…恋しさのうきに まぎるるものならば またふたたびと 君を見ましや…」



「…えっ」


言葉の意味を理解出来ずに反射的に顔を上げると、目前には銀色の綺麗な髪。
唇には、やわらかくて温かな感触が触れた。
それは軽く触れるだけの口付けで…


「あ、」

目を見開き、理解できないでいるを見て、知盛は何時もと同じ顔でニヤリと笑う。



「では、次の逢瀬を楽しみにしているぜ…」


そう一言残し、未だに呆然としているを振り返る事無く行ってしまった。













* * * *




「……」

「……」

と奈々の二人は黙々と六波羅の屋敷を出て家路へと歩く。
邸が見えなくなるくらい離れた時、張りつめていた糸が切れたようにはその場に蹲まって泣いた。



「っ…」

、大丈夫だから。またお会いできるから」

嗚咽を漏らすの背中を奈々が擦る。
年下の子の前でみっともない、そう思ったが涙は止まらなかった。


「…ばか…」


その呟きは彼に対するものか、はたまた自分に向けたものだったのか…発した本人でさえ分からない。



―恋しさのうきに まぎるるものならば またふたたびと 君を見ましや―


その歌の意味は…

“恋しさが憂さつらさによって紛れるものならば、まだ再びあなたとお逢いするでしょうか。紛れないから逢いたいのです。”


胸に刺さったままの棘が、まるで刃物に代わってしまったかのように、ズキン と苦しいくらいの痛みを放って―…しばらくの間は苦しい思いをするだろう。





二日後、平氏一門は安徳天皇と三種の神器を奉じて西国へ下って行った。
遙かなる時空の中で3の舞台となる源平の戦が始まる―…




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