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15

赤い髪の少年は、爽やかな笑みを浮かべながら近付き、の手元を指差す。


「もうその物騒な物から手を離しなよ?」

「あっ…」

自分でも気が付かないうちに、小太刀の柄を強く握りしめていらしい。
…正直、怖かった。男の迫力もそうだけど、もしかしたら人を…傷付けたかもしれなかった事が…

「怪我は…無いみたいだね」

「ありがとう。君のお陰よ」

どういたしまして、と笑う少年を見ていると自然と笑みが浮かぶ。

くらっ…

(あ、あれ…?)

警戒心が解かれたためか、安堵からか。目眩とともに一気にの体の力が抜けていく…


!?」

加奈の腕が倒れ込むを支える前に、少年の腕が支えてくれた気がした―…








* * * *



ゆらゆら、 ゆらゆら

気がつけばの体はクリーム色の空間に漂っていた。


…海の波間に浮かんでいるかの様に、ゆらゆらと…
恐怖心は無い。
ただ、頭が ぼぅ っとして何も考えられない…


「   」

「…?」

何処からか、女の子の泣き声が聞こえた気がして鉛のように重い体を動かす。


「…本当にっ…」

その声は徐徐にハッキリと聞こえてくる。


「…本当に、いいの?!」

「だって、だって…この次は…もう…」

「この運命じゃあ…助けられないよ!?」

泣きながら叫ぶ少女の声は、何処かで聞いたことがあるような気がするのに思い出せなくて、は首を傾げた。

「…貴女は…?」

何が悲しいの?何故泣いているの?


「私は…」


「……」


問い掛けると、少女の声は吸い込まれて行くように急に遠ざかっていってしまった…









* * * *



…大丈夫?」

目を開けると、加奈と奈々が心配そうに覗き込んでいた。


「あれ?私…此処は?」

たしか、熊野街道に居たはずなのに…
視界に入ったのは見知らぬ天井。
いつの間にか室内に寝かされていた。

「良かった気が付いて…此処は街道沿いの宿よ。あなた、倒れたのよ。覚えて無い?」

「ああ、あの時やっぱり倒れたんだ…加奈と奈々が此処まで運んでくれたの?ごめんね、重かったでしょ?」

ゆっくり上半体を起こしながら謝ると、加奈は口をへの字に曲げた。


「どうしたの?」

「ふふ、を此処まで運んだのは私達では無いの。運んでくれたのはヒノエ様、先程助けてくれた方よ」

奈々が笑いを堪え教えてくれた。さらに、の耳元に顔を近づけて続ける。

「加奈姉さんは、以前からヒノエ様に憧れているから…もがっ」
「奈々っ!」

喋ろうとする奈々の口を、赤い顔をした加奈の手が塞ぐ。

(ヒノエ君が…!?そんなオイシイ事があったなんて!)

恥ずかしいような嬉しいような。気を失っていた自分が恨めしい。
それに、加奈は色恋沙汰には冷静だと思ってたけれど、こんな一面があったなんて。

「加奈かわいい〜」

口元を緩ませて言えばさらに加奈の顔は赤くなる。

「も〜までー!」

加奈はに掴みかかろうとする。


「何ですか、あなたたちは?!」

何時ものふざけ合いが始まろうとした時、部屋を隔てている衝立障子の陰から、お母さんが顔を出した。

「ふふ、姫君達のさえずりは可愛いらしいね」

お母さんの後ろから赤い髪の少年、ヒノエ君も現れて加奈が慌てて体勢を整える。


「どうやら気が付いたみたいだね?」

「いろいろとありがとうございました」

はゆっくりと立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をする。

「礼には及ばないよ。美しい姫君を護るのは、男の役目だからね」

ゲームと同じポーズでウインクするヒノエを、加奈はうっとりと見詰めていた。。
カメラがあったらな…せめて、携帯。何で持って無いのだろう。

何でもヒノエ君と母娘は知り合いだという。熊野に戻って来たと聞いて、この宿場まで来てみて先程の現場に遭遇したらしい。
…何て都合のいい話だろう。ストーリー展開としたらベタベタだ。


「長旅の疲れもあるだろうから、今日はゆっくり休みなよ。俺は一足先に、勝浦に行って八重達が戻って来た事を伝えてくるからさ」

「そうなんだ…」

少し声のトーンが落ちてしまった。ヒノエと一緒に行けるか期待していたのに。

「もしかして、寂しいのかい?」

「いや、少し残念だと思って…」

そう正直に答えると、ヒノエは口の端を上げてと加奈の髪を一房取り交互に口付けた。

「…!」

「ちょっと…」

顔を真っ赤にして、感激のため泣きそうな加奈に少しばかり引きながら、こういう事をサラリと出来るなんて…やっぱりすごい少年だなと半分感心もしていた。

「…年上のお姉さんをからかうんじゃありません」

ポカリッ 思わず軽く彼の頭にチョップをかます。
全然力もこもっておらず、冗談だというのにあらま、加奈の視線が一瞬厳しくなった気がする…


「あははは手厳しいね。では、また後でね」

そう言うと、ウインクを一つしてヒノエは宿屋を後にした。



「ヒノエ様…」

少女漫画の恋する乙女になっている加奈にと奈々は声を掛ける。

「追い掛けていかなくていいの?」

「な、何言うのよ!?」

「そうよ姉さん、此方の事は心配しないで」

「も〜ぉ〜!」


ばたばたばたっ!!


「あなた達は場所をわきまえなさい!!」


宿中にお母さんの怒号が響き―…
その後、私達は宿の主人に平謝りをする羽目になった…