BACK INDEX NEXT

17

海から吹き付ける風が徐々に冷たくなってきた。
木々は紅や黄色に色付き、田畑の豊かに実り作物は収穫の時期を向かえる。

季節はもう秋―…
平氏が西へ都落ちし、再び都へ返り咲くために着々と力をつけている。対する源氏は向かえ討つために軍備を整えてるという。
京を中心に各地で戦の兆しが見え隠れするという不穏な気配を感じさせる事も無く、勝浦の町はいつもと変わらず活気に満ちていた。
市が開かれている大通り沿いには木造平屋の建物が立ち並んでいる。
軒先で魚介・野菜・日用品・装飾品など様々な物を売っている店や、露天商が連なっていて、沢山の買い物客で賑わっていた。


「いらっしゃいっ!いらっしゃい!…あら?」

店頭で呼び込みをしていたふくよかな体躯をした中年の女が、黒髪の若い女に気が付き声を掛ける。

「おやさん、買い出中かい?」

「えぇ、夕飯の買物をしに」

振り返り軽く頭を下げると、はにこやかに答えた。
おばさんは店頭に並ぶ品を指差すと、見ていくようにを促す。

「見ていきなよ。穫れたての野菜に、さっき上がったばかりの新鮮な秋刀魚があるよ」

腕を引っ張られ、よろめいてしまう。
文句の言葉が喉まで出かかるが、旬の秋刀魚は魅力的なため グッ と我慢する。

「じゃあ見せてもらおうかな?」

店頭に並ぶ秋刀魚を物色していると、おばさんのお喋りに捕まってしまった。
気さくでいい人だと思うが、話に捕まると長い。何処の世界もオバサンは最強なのだろうか?

「―だからね、アンタくらいの歳なら子どもの一人は居てもいいだろうに。どうだい?熊野の男は?大事にしてくれると思うよ。女はね、男が通ってくれているうちが華なんだから!そうだっアタシがいい男を紹介するよ」

「ええっと私はまだ結婚する気は…」

の返事も待たず、おばさんは丁度店の前を通りがかった三人組の男達に声を掛ける。

「あっ、いいところに…ちょっとあんた達!」

「なんだ?」

「おばちゃん何か用かよ?」

おばさんの声に足を止め、此方にやって来たのは一見して海の男とわかる程に、浅黒く日に焼けて程良く筋肉が付いた男達。
おばさんは男達をジロリと見やると、う〜んと腕を組み溜め息をついた。

「…駄目だね、あんた達じゃあ役不足か。誰か、このコにいい相手を見繕ってやってくれないかい?」

さりげなくヒドイ事を言うおばさん。

「ヒッデェなぁおばちゃん、こんなに良い男が揃っているのになぁ」

がははと、心の広い海の男達はヒドイ言葉も笑って流した。

「あれ、あんたは…」

背の高い男がに気が付き、にかっ と笑いかけた。

「ああ、あんた八重さんのとこの居候さんだろ?大変だな、おばちゃんに捕まっちまって」

以前、手土産を持って家を訪ねて来た事がある…確か加奈と奈々のファンだという好青年。

「こんな所で会ったついでと言うか、加奈さんと奈々さんに今度の玉速神社での舞を楽しみにしてるって、伝えてくれないか?」

「はい、伝えておきますね」

の顔を、猿顔の小柄な男が無遠慮に覗きこんでくる。

「へぇ〜。あんたもよく見ると別嬪さんじゃねぇか」

小柄な男の言葉にもう一人の男も、同じように覗き込んでくる。
結果、男達がの周りを囲む形になり、一見すると恐喝されている様に見える。
道行く人々が何事かと振り返るが、屈強な男達にただ遠巻きに見ているだけだった。

「なんで顔にそんなの掛けてんだい。せっかくの別嬪が勿体無い」

ガッシリとした体躯をした長身の男がズイと近付いてくる。反射的に後退さった。

「ちょっとアンタ待ちなよ」

「えぇ?ちょっと…やめてください…」

おばさんとの抗議の声も物ともせず、メガネのフレームに手をかけようとする男。
…殴ってやろうかと思い、拳を握ったその時、横から誰かの手が伸びてきて男の手首を掴んだ。


「一人の女に男が数人がかり…こういう趣向は関心しないね」

の隣には、いつの間に来たのか紅い髪と派手な格好をした少年。

「ヒノエ君!」
「別…いや、ヒノエ様」

男達は突然の登場に驚いたが、睨み付けるヒノエの視線に直ぐにの側から離れた。

「嫌だなぁ、このお姉さんをどうかする気なんかありませんよ」

ヒノエの剣幕に慌てて取り繕う男達。

「ヒノエ君〜」

助かった、とばかりには破顔した。
安堵の声を聞き、の方を向いた時には、ヒノエは何時もの笑みを浮かべていた。

「ごめんな、コイツ等に悪気は無かったんだ。許してくれるかい?」

「なんだい、アンタにはヒノエ様がいたか」

おばさんは何を勘違いをしたのか、ニヤニヤと含み笑いを浮かべている。
これはマズイ、妙な噂を流されかねない。

「違います!そんなんじゃありませんからっ!!からかわないでください!」

千切れんばかりに首を横に振り、力一杯否定する。

「俺との仲なんだし、そこまで否定しなくてもいいだろ?」

ジャニーズにいてもおかしくもない程の美少年との仲を疑われるなんて…普段なら嬉しくて鼻血が出そうだが、今の状況はマズイ。

「こらっ誤解を招く様な事を言わないの!」

ポカリと頭を軽く叩こうとするが、その手をヒノエに掴まれてしまった。
悔しそうな顔をするとは対照的に楽しそうに笑うヒノエ。

「そう何度もやられないさ」

「もぉ〜生意気だなぁ」


そのやりとりを見ていていた猿顔の小柄な男が感心した様に呟いた。

「ヒノエ様を殴ろうとするなんて…そんな女も居たんだなぁ」

―と。