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「うわぁ〜舟がいっぱいだね」
おばちゃんに納得してもらえたかは謎だが、何とか誤魔化しあの場を抜け出して来たとヒノエは港に来ていた。
ヒノエから交易船が停泊している話を聞いたが、「舟…見てみたいな」と漏らしたため、港まで足を伸ばしたのだった。
当たり前だが、港と言っても土と石を組み合わせた船着き場に、船は全て木で造られている。
二・三人用の小舟から、十数人が乗れそうな大型船までざっと数えて二十隻以上は停泊しているだろうか。
目当ての交易船は、異国・栄の船だという。
一頻り感心しているに、ヒノエに問掛けられた。
「関心があるのなら乗ってみるかい?」
この世界で船に乗れるのなら乗ってみたいが…
「乗れるなら、乗ってみたいけど…ヒノエ君忙しく無いの?」
彼の本名は確か藤原堪増。
熊野一帯を治めて、熊野二十一社の神官を兼任する熊野別当なのだから相当忙しいのでは無いだろうか。
「気を使わなくても大丈夫さ。俺はのために今日という時間を空けておいたんだからね」
(こういう台詞はヒノエ君か弁慶さん以外に言われたら鳥肌が出るんだろうな。)
と思いつつ、軽く受け流す。
「はいはい。ありがとうね。今ので船酔いしないか不安になったよ」
「安心しなよ。船酔いしたら介抱してやるから」
ヒノエは近くの中型の船に飛び乗ると、に手を差し延べた。
「お手をどうぞ姫君」
「あ、ありがとう」
差し出された手を握ると ぐいっ と引っ張り上げられる。
「わわっ」
バランスを崩した体を、ヒノエが抱える様に支える。意外と広くガッシリとした彼の胸に、不覚にもドキリとしてしまう。
(い、いかん、いかん)
グラつきそうになる気持ちに、何度も首を横に振った。
* * * *
「わぁ〜気持ちいいね」
潮風で乱れる髪を気にする事も無く、ははしゃぐ。
目の前に広がるのは、何も遮られる事無く果てまで続く青い海原と空。そして熊野の入り組んだ崖に打ち付ける波しぶき。
「…船に乗るなんて久しぶりだなぁ。前に乗ったのは…」
そうあれは…大学時代、別れた男と二人で行った遊園地でだったか。
遊園地デートとしては定番だが、乗ったのは手漕ぎボートでは無く白鳥のスワンで、二人でムキになってペダルを漕いだっけ。
…久しく思い出す事が無かったが、アイツは浮気もせずによきパパをやっているのだろうか?
ぼんやり海を眺めていると、船の縁に置いていた手を不意に握られた。
「手、冷たくなってる。どうしたんだい?俺を放って物思いにふけるなんてね」
ハッと顔を上げると、すぐ横にヒノエの端正な顔があり、その不意打ちに顔が上気するのがわかった。
「…顔赤いけど、どうした?」
してやったり、と嬉しそうに笑うヒノエ。
「〜っ不意打ちとは卑怯なりっ!」
何だか悔しくなって、ペシッと頬を軽くビンタしてやった。
港に着き船を降りて歩いていると、少し離れた場所で舟の整備をしている男達の噂話が聞こえて、の足が止まる。
「戦況は…今のところ平氏が義仲軍を破り、巻き返してきているらしい」
「だが…源頼朝が征夷将軍の院宣を受けたとか…」
(水島の合戦、頼朝の征夷将軍の院宣…そうか…)
「、どうした?」
立ち止まり話に耳を傾けていると、先を歩くヒノエに声を掛けられた。
「あ、何でも無いよ」
急いで取り繕うが、男達の話はヒノエにも聞こえていた筈…
自分の京での暮らしは、恐らく彼なら知っていだろう。
「ヒノエ君は、私の京での話を聞かないのね」
「…聞いて欲しいのかい?」
は ううん、と首を振る。
「俺は姫君が嫌がる事はしない質だからね」
そう言うと、ヒノエは何時もの自信タップリな笑みを浮かべた。