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熊野で迎える初めての正月―…
現代の正月とは行事に多少の違いはあるものの、目出度い行事に変わり無い。
一年と少し前、この世界に来て迎えた初めての正月に比べたら、二度目の正月は穏やかに迎える事ができた。
普段より豪華な料理を食べ、参詣の人々で賑わう熊野三山に初詣に出掛けたり、加奈と奈々の三人で双六や貝合わせをして楽しんだ。
「の今年の抱負は?」
「う〜ん、精一杯頑張る!かなぁ?加奈は?」
「え〜それはねぇ…」
モジモジして口籠る加奈に奈々が笑いながら言う。
「姉さんは“早く通ってくれる素敵な殿方が現れますように”じゃないの?」
「ムキー!!奈々っ余計なこと言わないでよっ!」
「あはははは〜」
本当に穏やかな一時だった。
そして、正月のお祭り騒ぎが一段落着いてきた頃に若菜羮を食べる。
これを食べたら、お祭りも終わり日常に戻る…そう思うと寂しい気分になった。
※平安時代には七草粥を食べる習慣は無く、変わりに子の日に若菜摘みをして若菜羮を食べる習わしがあったらしいです。
新しい年が始まり、一月近く経ったある日。
まだ薄暗い早朝―…
朝靄立ち込める勝浦の町外れにある雑木林で、は手に太刀を握りしめて剣の鍛練をしていた。
足元に散らばるのは色とりどりの布の欠片。どうやらそれは裁縫で余った布らしかった。
布の欠片を花びらに見立て、太刀で断つ。見よう見まねでの花断ちの練習である。
秋は舞散る木の葉を花の代わりにしていたが、それが叶わない代替の策。
「知盛殿、花びらを断つにはどうしたらいいと思う?」
「クッ妙な事を聞くな」
葉を木から数枚ちぎり、頭上に放る。太刀をギチリと持ち直すと、舞い散る葉をすごい速さで断った。
「このように…容易い事だ」
「…それじゃあわかりません」
六波羅で剣術の稽古をしていた時、彼は事も簡単に葉を断っていたっけ。
…もっとも的確なアドバイスはくれなかったけれども…
それでも、何度か「見せて」くれた。
だがリズ先生が教えてくれる訳は無く、我流では例え木の葉でさえ断つのは難しかった。
何とか擦るようになった頃、手にはたくさんの肉刺し傷ができていた。
ゲーム画面上ではわからない痛み…望美は相当な鍛練を重ねて、花断ちを取得したのだろう。
(まだ、彼等には及ばない)
太刀を振るうたびに長く伸びた黒髪が揺れる。冬の朝の冷え込みに、吐く息が白くなる。
フゥ…息をつき木の枝に掛けておいた手拭いで滴る汗を拭う。
(早く帰って、着替えないと風邪をひいてしまうかもしれないな)
枯木の上に置いた眼鏡を手にしようとした時、
「えっ!?」
誰もいなかったはずの背後に人の気配を感じ振り返った。
「お嬢さん、驚かせてすまなんだ」
其所には、体格のよい初老の白装束を着た男(修験者?)が倒れた枯木に腰を下ろしていた。
白いものが混じった髭を生やした口元は、笑みを浮かべているがその眼光は鋭く、男が只者では無いことを感じさせた。
今まで気配を感じさせなかったのは…修験者だから?
「あの、あなたは?」
「鍛練も相手が居ないとやりにくいだろうに」
修験者はそう立ち上がると尺杖の先をに突き付けた。
「ほれ、太刀を構えなさい」
「何を…」
戸惑いつつも、男の発する気迫に圧され太刀を構える。それを確認すると男の口元からは笑みが消え、さらに眼光は鋭くなる。
「…いざっ」
一瞬のうちに杖を持ち直すと、真正面から振りおろす。
がぎぃんっ
「くっ…」
受け流すも、体勢を立て直したその隙に横から鋭い突きが繰り出される。
何とか防ぐものの、太刀を握る手が凄まじい衝撃にビリビリと震えた。飄飄とした外見に騙されそうだが、この男…強いっ!!
* * * *
「ハァハァハァ…」
陽の光が顔を出す頃、はようやく鍛練から解放された。
ガクリと膝を着き、肩で大きく息をしながら汗をポタポタ落としているとは対照的に、男は平然とした表情で佇む。
「お嬢さんは実戦不足は否めないが、太刀筋はなかなか良い。これから先、経験を積んで自分の剣術を完成させればいいだろう」
そら、と木に掛けておいた手拭いと水の入った竹筒を渡される。
「それに…なかなか変わった星運を持っているようだのぅ。自身の持つ、稀有なる力にもまだ気が付いて無いようだな。実に、惜しい」
男の言葉に手拭いで汗を拭く手が止まる。
「…貴方は、いったい誰?」
意図しない、硬い声が出た。
「わしはただの修験者よ。つい、お嬢さんにお節介を焼きたくて茶々を入れに来たのだよ」
男はニカッと笑いながら言う。だが、それは口元だけの笑み。その眼は真っ直ぐにを貫く。
「
お嬢さんは…強い意思を抱いているようだな」
「だが…気を付けなさい。迷いを許さない頑な想い程、折れた時に心に深く突き刺さる」
静かな黒い瞳に、心の奥底を見られているような気がして…は一歩後退る。
「どうして、そんな事が…」
わかるのだろうか?
「ほほっ太刀を交えればわかる。たまには肩の力を抜いて、本来のお嬢さんに戻りなさい」
思ってもみなかった事を言われ、は驚きに目を瞬かせる。
「本来の…私…?」
本来の私?…この世界でも元の世界でも、そんな事は考えた事は無かった。
だが…今の自分が片意地を張っていることは自覚している。
「あなたが誰なのかわかりませんが…私は…」
はフッと瞳を閉じる。
「私は、上手に笑えていますか?」
自嘲気味なぎこちない笑みを浮かべ男を見る。男はその問いには答えず、をただ静かに見つめるのみ…
どれ程の時間が流れたのか、もしくはほんの数分だったのかもしれない。
「〜!」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを振り向くと加奈がこちらに走ってやって来るのが見えた。
「…時は、重なり出したようだよ」
まるでエコーがかかった様に耳に届いた声。ハッと振り向いた時には、すでに男の姿はは無かった…
「あの人は…いったい…」
ブルリ 寒さに体が震える。
熱りはすでに冷め、汗に濡れた体はすっかり冷えきってしまっていた。
「ハァハァ…もうっなかなか戻って来なかったから心配したよ!」
加奈は息を切らせながらも、少し乱れた着物を直す。
地面に散らばった端切れを見付けると、あっ と声を出す。
「こんなに端切れを無駄にしてっ!」
「ごめんっ」
怒られているのに、心配してくれたことが嬉しくてつい笑みが漏れる。両手を合わせて謝ると、加奈がワザとらしい溜め息をつく。
「…しょうがないなぁ、早く帰って着替えないと風邪をひいてしまうわよ」
「?」
加奈の肩越しに、倒れている枯木を見るを加奈が不思議そうに声をかける。
「…ううん、何でもない。帰ろう」
家に帰り玄関を開けると、仁王立ちをするお母さんがいた。
「あなたは女子なんだから、一人で遠くまで鍛練に行くなって言ったでしょう!」
項垂れるの上にお母さんの雷が落ちたのだった…