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如月…小春日和の午後―…

加奈とお母さんは朝から所用に家を出ており、残されたとは留守番をしていた。
二人で濡れ縁に出て、お喋りに花を咲かせていると板塀の上から赤い髪が見えた。


「まぁヒノエ様」

供も連れずに家にやって来たヒノエに挨拶をする。
そういえば彼に会うのは歳末の宴以来だった。


「久しぶりだね、、奈々」

「ヒノエ君、仕事は大丈夫なの?」

時々忘れてしまうが、彼は熊野別当なのだ。まだ新年を迎えての祭祀やらで忙しいのでは無いのか。

「大丈夫、粗方終わらせてきたから。たまには息抜きしないと、ね」

「息抜きかぁ…」

確かにそれは必要だよね。頷いていると、奈々が温かい白湯と膳に入れた菓子を持ってきた。

「ヒノエ様、どうぞっ」

「ありがとう奈々」


その後、三人でたわいもない話をするが、はヒノエの様子に普段と違う何かを感じた。

「ヒノエ君…何かあったの」

頃合いをみて、そっと耳打ちするとヒノエは満足そうに笑う。

「ふふっやっぱりは聡いな。…悪いね奈々、少し外してもらえるかい」


ヒノエの言葉に奈々は素直に頷いた。
奈々が離れるのを確認すると、ヒノエは話を切り出した。

「すぐ近いうちに戦が始まる」

この時期の戦は…宇治川の合戦。

「源頼朝と義仲…源氏同士の戦ね」

「へぇー…詳しいね」

「それは…今の時勢を見ればそれくらいわかるよ」

今ヒノエに勘繰られるのは得策ではない。そう思い、さも興味無さげに言う。

「その戦に平家が介入してくる、という情報もあるけどね」

「平家が…」

そうだ、確か遙か3の世界では宇治川の合戦に平家が横槍を入れていたんだった。
ヒノエは唇を噛むに探るような視線を向ける。

「熊野は動かないの?」

その視線から逃れるために、ふと思いついた事を聞いてみた。

「ああ、今回の戦はまだ先が読めないからね」

「利にならない、儲からない戦には介入しない?」

のストレートな言葉にヒノエは、へぇ と声をあげる。

「言ってくれるね。確かに戦は金にはなるけど、ね」

しかしそこを突いてくるとは、やはり彼女は他の女とは違い面白い。
さすがは…

「さすが…新中納言殿のお気に入りだけあるね」

ヒノエの言葉には息を飲み驚いたが、同時に成程と納得もした。
情報に長ているヒノエなら、京での様子は知っているだろうと思っていたが…時折ヒノエから向けられていた鋭い視線はその為か。
確かに、頻繁に六波羅に出入りしていた自分は、平家と繋がりがあると疑われていても仕方がない。


「…残念だけど…私と彼はそんな関係では無かった」

ヒノエの目を見つめて、キッパリとは言った。
その言葉通り、どんなに周辺を洗っても彼女と平家の繋がりは見付からなかった。

(意地が悪い言い方だったかな)

とヒノエは思いつつも、の口からその言葉を聞けた事に少し満足していた。


「そうみたいで、安心したよ」

「何それ?」

はすねた真似をしながら笑う。
歳に合わない幼さを感じさせる笑み。全く…それがどれだけ魅力的だということに、気が付かないとは罪だ。

そっとの艶やかな黒髪に手を伸ばす。

「ヒノエ君…?」

不思議そうに見るにヒノエが何かを言おうとするが―

「えっ!?」

眼鏡のフレームの端に捉えた物に驚きの声を上げた。
ヒノエの額に一瞬見えたあれは?
眼鏡を外し、凝視するが髪が邪魔でよく見えない。

?」

「ヒノエ君ごめん。ちょっと失礼します…」

一言謝ってから、ヒノエの軟らかい髪を掻き分ける。


「これは…」

額に在ったのは、燃えるような深紅の色をした玉―…

(やっぱり…これは八葉の宝玉)

男の額を触っているということをすっかり忘れ、人指し指の腹で玉を撫でていると不意にその手を掴まれる。

「あ、ごめんなさい」

失礼だよね、と慌ているとヒノエは溜め息をつきながら掴んだ手を離してくれた。

「本当に…は無自覚なんだね。…まあいい、お前にもコレ見えるんだ。俺だけかと思ってた」

「見えるし、触れるなんて思っても無かった…」

外した眼鏡を指でいじりながら、何故自分が?と疑問に思う。
…まぁいい、今そんな事を考えても仕方がない。
後はこのヒノエをどうやって乗せるか、だ。



「ヒノエ君、龍神の神子って知ってる?」

暫時思案した後、は話を切り出した。
彼には下手な小細工は通用しないだろう。ならばストレートにぶつけてみるまで。

「龍神の神子?確か源氏が連れているという神子姫様かい?」

「今源氏にいる神子は黒龍の神子。直に対の存在である白龍の神子が京へと喚ばれるの。ヒノエ君には、白龍の神子を守る役目があるの。額の玉はその証」

「へぇ…八葉ねぇ…」

まだ半信半疑のヒノエは、に近付き、さらに問う。

「その話、信じる根拠はあるのかい?」

「今はまだ無い。でも、怨霊を封印できる白龍の神子が現れたら根拠になるかな?」


それは楽しみだな、呟くとヒノエは悪戯を思い付いた少年の顔に戻る。

「―…で、はどうしたいんだい?」

読まれていた…やはりヒノエは一筋縄ではいかないか。

「私は、京へ行きたい」

「何故?」

「白龍の神子に会うため。それに、約束があるの」

の真っ直ぐな瞳に宿るのは揺るがない決意。

「…止めても無駄みたいだね」

「もちろん」

うさんくさいぐらい、にっこりと笑ってやった。



がそこまで肩入れする白龍の神子様ね…」

どんな神子姫様なのか―…これから楽しみだね。
ヒノエの呟きが微かに聞こえ、はホッと胸を撫で下ろした。

後は…京へ行き、望美達と合流する。全ては其処からなのだから―…