閑話
日増しに陽射しが暖かくなり、庭の桜の蕾も綻び始めた。どこか近くで鶯の鳴く声も聞こえてくる。
春の気配がする庭を見つめ、加奈は浮かない顔で溜め息をついた。
「とヒノエ様は無事かなぁ…」
「奈々も呼ばれたの?」
「うん。大事な話って何だろうね」
首を傾げる妹と共に部屋に足を踏み入れると、其所には真剣な顔をした母とが待っていた。
私達が床の円座に座るのを確認すると、はゆっくりと話し始めた。
「急に呼び出してごめんなさい。大事な話をしたくて…」
一旦言葉を切り、私達の顔を見回すとはハッキリと言った。
「私、京へ行きます」
「え…」
「えぇ?まさか一人で…?」
驚きの声を上げる前に奈々がすっとんきょうな声を上げる。
都では無いにしろ、戦があったばかりの京に一人でなんていくらなんでも…そう思い私も声をあらげてしまう。
「危険よ!今の京は良くない噂を聞くわよ!?」
言葉を続けようとした時、母に「待ちなさい」と止められた。
母に逆らうなどと無作法な事はできないため、そこで言葉を切る。
母は私と奈々、いや、特に私を見ながら言った。
「危険だとかの点は心配いらないよ。はヒノエ様の御供という形で行くことになったのだから」
「ヒノエ様の御供…?」
「ヒノエ様が付いているなら安心かなぁ?」
思いもよらず、硬い声が出た。
奈々がこちらの様子をチラチラ見る。
「ヒノエ君には手は出さないから安心してね」
も手をヒラヒラさせながら苦笑を浮かべる。私が気に食わないのは、そんな事じゃないのに…
「そうじゃないでしょっ!」
苛々してつい声を荒げてしまった。皆、目を丸くする。
「加奈?」
「決める前に、どうしてもっと早く話してくれなかったの?」
一言相談してほしかった。
目頭が熱くなってくるのがわかる。きっと私は涙を溜めているんだろう。
「急、すぎる…」
「…ごめんね」
は困惑した顔でそう呟いた。
* * * *
その後、私の部屋にがご機嫌を伺いに来たけれど、先程の腹いせに彼女に背中を向けたままでふてくされた振りをしてやる。
「…お土産買ってきてね」
「わかった。流行りの髪止めを買ってくる」
(よしっ)
と笑いそうになるのを、危うく止める。
「あと、京へ着いたら文を書いてね。ヒノエ様か烏に渡せば熊野に届けてもらえるから」
「はい、わかりました」
素直に頷くに満足するが、大事な事を思い出した。
「…それから、本当にヒノエ様に手を出さないでよ?」
「大丈夫、手は出さないってば。約束するって」
ハッキリキッパリと言う彼女に、問うてみたくてクルリと振り返った。
「加奈?」
「って本当に動じないよね。ヒノエ様はあんなにも素敵なのに…それに…」
それに、ヒノエ様はを他の女人とは違う目で見ている…私にとって羨ましい限りなのに。
私の言いたい事がわかったのか、は溜め息を一つつく。
「口説かれてるのはわかるけど、私にとってヒノエ君は頼もしい弟分だからね」
「ヒノエ様が弟分…」
うーん、と額に手をあてる。この余裕は口説かれる事に余程慣れているのか、別に理由があるのか―?
それとも…?気が付き、ハッと顔を上げる。
「もしかして…はあの方を…」
私の言葉に、薄暗い灯りに照らされた彼女の瞳が一瞬揺れたように見えたが、
「違うよ」
ゆっくりと首を振る。
「違うよ。言ったでしょ?“私は堅い女”だって。そう簡単には惚れないの」
そう何でもない事のように微笑んだ。
本当にそうなの…?京に居た時のは楽しそうだったよ?
六波羅の屋敷から帰ってきた夜、泣いていた事は知ってるのよ?
時折物思いに更けるその姿は寂しそうで、尋ねてみたくなる。
…貴女は何を考えているの?
貴女が悲しそうに見つめる視線の先は、何があるの?
* * * *
「行ってきます。お土産買ってくるからね」
「行ってらっしゃい!」
「道中気を付けて…」
出立の日―…
私たちに明るく笑いながら手を振るは何故か儚く見えて…遠くに行ってしまいそうに見えた。
大丈夫だよね?また会えるよね?
「ただいまっ」
って、笑顔で帰って来てね。
あなたは私の大切な友であり、家族なんだから―…