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― さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける ―



(相変わらず綺麗だな…)

鴨川の河原から対岸に見える音羽山に建つ清水寺の舞台と、桜の薄紅色のコントラストが綺麗で…はつい立ち止まって魅入ってしまった。
此所は桜舞い散る、花霞の京の都―…

あっ―と、今は呆けてる場合では無い。
少し先で立ち止まって待っていてくれている紅髪の少年の元へ駆け足で向かう。

フゥーと息をつき、額に薄っすら滲んだ汗を拭うを見て少年が声をかけた。

「疲れたかい?」

「ううん、大丈夫だよ。ヒノエ君ありがと」

本音を言うと少し疲れていたが、昨年の夏に京を離れ熊野に向かった時に比べ今回は足取りも軽く、また途中まで馬を使ったため体力的にも楽だった。
おそらく女の自分に気を使ってくれたのだろう。
度々休憩を入れてくれて、無理をせずゆっくりとした旅路であった。
ヒノエや烏の皆さんだけだったらもっと早く着いていただろうに。そう思うと申し訳ない気持ちになる。


「無理はいけないな」

ひょいっ と、ヒノエはが両手に抱えるように持っていた手荷物を横から取り上げる。

はわかりやすいんだよ」

(目の下の隈とか?やつれてるって事かな…)

両頬を手でペタペタ触ってみる。
この世界に来て以来、あまりお肌のお手入れをしていなかったから不安になってしまう。

「ふふっ、心配しなくても十分綺麗だよ。は色白だからね。それに、無理をしている時は首を触る癖があるんだよ」

と、ヒノエはウインク一つ。

「成程…ヒノエ君って本当に鋭いなぁ」

彼の鋭さには感心してしまう。これは生まれ持った才能なんだろうか。




京では、ヒノエの知人の屋敷に滞在させてもらう事になっていた。
屋敷に着くと数人の女官が出迎えてくれた。
ヒノエとは別の部屋に連れて行かれ、彼女達にあっという間に旅装束から着替えさせられ小綺麗な格好にさせられた上に、個室まであてがってもらった。
貴族…とまでいかないにしろ立派な造りの屋敷や住まう者の身なりから、この屋敷の主がそこそこの地位を持っているだろう事が推察できる。


「ヒノエ君、私はこの屋敷のご主人にご挨拶しなくてもいいの?」

さすがに挨拶に行こうか聞いてみたが、

「別には気にしなくてもいいさ。休んでいなよ」

そう言われてしまった。
だが、至れり尽せりの対応をしてもらい、何だか恐縮してしまう。



京に着いた翌朝、ヒノエは調べものがあると言って、朝御飯をすました後出掛ける支度をしていた。

(京の動きや九郎さんや望美ちゃん達の事を調べに行くのかな?)

そう思ったが、余計な勘繰りを入れず玄関まで見送りに行く。

が寂しさの涙で枕を濡らさないように、なるべく早く帰ってくるよ」

「大丈夫、適当にブラブラしながら待ってるからね」

軽く笑顔で受け流すと、フッと笑みを浮かべたヒノエがじっとこちらを見つめてくる。

「何どうした?行ってらっしゃいのギューして欲しいの?」

冗談混じりに笑いながらおいで〜と両手を広げていると、目の前に来たヒノエはの後頭部に手を回し、引き寄せ―…


「!?」

一瞬額に感じた柔らかくて生暖かな感触。
驚いて目を見開いたの眼前には整った少年の顔があり…

「…行ってきます」

固まっているの髪を指ですきながら、耳元で艶めいた声で囁くとヒノエは黒髪を一房手に取り口付けた。
そして爽やかな笑顔で手を振り、屋敷を後にした。


玄関に残されたのは、ヒノエの不意打ちに頬を朱に染めた


「もうっおでこに“チュッ”なんて…なかなかやるなぁ」


彼の唇が触れた額を撫でながら、つい動揺してしまった言い訳に遠ざかる彼の後ろ姿にそう言ってやった。