25
ヒノエが不在の間、景時さんの屋敷を訪ねようかとも思ったが止めた。
急に自分が登場して、混乱させるわけにはいかない…私はこの世界では異分子なのだから。
久しぶりにのんびりと京の街を散策したり加奈への文を書いて過ごした。
― 2日後 ―
朝御飯を食べていると玄関から賑やかな声が聞こえてきた。どうやら出掛けていたヒノエが戻って来たようだ。
は急いで朝御飯をすませて彼の元へ向かった。
「おかえりなさい」
何時と変わらないヒノエの様子に少し安堵し、言葉をかける。
「ただいま。寂しい思いをさせてしまったかな?」
軽口にくすりと笑ってしまったが、寂しく無かったと言えば嘘になる。
そう、少しだけ…
「少しだけ…寂しかったよ?」
自分より背が高いヒノエを上目使いに見ながら、素直に言うとハァ…
と溜め息をつかれてしまった。
「本当に無自覚なんだよな…」
「無自覚?」
何でも無いよと、言うヒノエに首を傾げる。
「それより、龍神の神子姫様の居場所がわかったけど、どうする?」
「会えるなら会いたいけど…」
は唇を人指し指で掻きながら考える。確か、ヒノエと望美ちゃんが出会うのは六波羅だったはず。
「…六波羅…」
ポツリ呟いたの言葉にヒノエの瞳が訝しいい気に揺れる。
「ヒノエ君、六波羅に行こう」
「なぜ六波羅に?」
問うヒノエの目をしっかり見据えて言った。
「龍神の神子姫様達に会うため、だよ」
* * * *
《栄枯盛衰》
久しぶりに六波羅に足を踏み入れ最初に浮かんだのはその言葉。
建っていた建物は打ち壊され、地は火災で煤けた荒れ地となっていた。
一年程前まで貴族の屋敷が建ち並び、華やいでた頃が嘘のよう。
此所は今やごろつきのたむろする場所となっていた。
「…こんな状況になっているなんてね…」
平氏一門は都を後にした時、六波羅に建つ一門の居館や民家を打ち壊し焼き払ったのだった。
あの時、炎に焼け出された人々や空に立ち込める煙で混乱の真っ只中に加奈達と京を後をしたが…
荒れ地となった六波羅には、堀っ建て小屋が建てられていて人々の逞しさを感じる。
「何も火を放たなくてもよかったのにね」
たしか史実では、火を放つように命じたのは清盛三男の宗盛だったか。
平氏の屋敷が立ち並ぶ姿や、其所に暮らしていた者達を少なからず見知っているため、は少し寂しい気分になる。
「あっ」
暫くの間物思いに耽っていただが、自分が此所に来た理由を思い出し後ろを振り返った。が―…
「あれ?ヒノエ君?」
きょろきょろと辺りを見回すが、側に居たはずのヒノエの姿は見当たらない。
「うそっはぐれちゃった?」
まいった探さなきゃ…と、思いつつも柄の悪いごろつき達にジロジロ見られている視線を感じ、早足でこの場を離れた。
なるべく柄の悪い連中に目をつけられないように、辺りに注意を配りながらも早足で歩いて行くと、少し開けた場所に出た。
其所には焼けて一部炭化した木が一本立っていた。
葉は勿論焼けてしまっているが、恐らく平氏の屋敷に植えられていた木だろう。
「この木は…桜かな?」
火災で焼けてしまっているが、幹の太さからもきっと立派な桜の木だったのだろう。
(毎年綺麗な桜の花を咲かせたんだろうな)
はそっと黒くすすけた幹に手を当てた。
ひらひら…
どこからか桜の花びらが舞い落ち、のかけている眼鏡に張り付いた。
(桜…いったいどこから…?)
風に運ばれてきたにしても、自分の周りは花を咲かせている桜の木など無いのに…
不思議に思いながら、花びらを取るため眼鏡を外す。花びらを指で取り、顔を上げると―…
「えっ…」
目の前には、はらはらと雪のように舞い散る無数の桜の花びら。
燃えてしまった桜の木が咲く等あるはずは無い…有り得ない光景に驚き、は目を瞬かせた。
「この光景は…くっ!?」
グニャリ…
強い目眩と頭痛に襲われ、視界が反転する。
割れるような頭の痛みに耐えきれず、はぎゅっと頭を抱える様に瞳を閉じてしまった。