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(ああ…視える…)

暗闇の中、閉じているはずなのに瞼の裏に浮かぶ光景は―
夜空に輝く十六夜の月…桜吹雪…そして…


「銀…銀!重衡さんっ!!」

叫ぶのは紫苑色の長い髪の少女。

貴女は望美ちゃん―…?


(…こ、こは…)

きつく閉じていた瞳を開くとは薄暗い板張りの部屋に居た。御簾越しに入る月明かりがぼんやりと室内を照らす。
室内は豪華な調度が備えられ、炊き込められた香の残り香が…此所が身分の高い者が住まう屋敷だろう。
どこか離れた場所から聞こえてくるのは楽の音か?

(此所は何処だろう…まだ白昼夢の中なのかな?)

回らない思考でぼんやり板の間を眺めていると、不意にの上に影が落ち―
御簾越しの自分の背後に誰かが居る事にようやく気が付いた。
息を飲み体をこわばらせると、背後の人物がクツリ と笑った。
その喉を鳴らす音にはビクンッと体を揺らした。


(まさか…そんな筈は…)

「…あたら夜の月と花とを同じくは あはれ知れらむへ見せばや、か…」

背後に佇む男性が放つ、耳に低く残る声…その声には聞き覚えがあった。
でも…彼は此所には居ないはずなのに。

「…どう、して…?」

思いも因らない人物の登場に、消え入りそうな声がの口から漏れる。


「クッ…どうして、か。此所は平氏参議の屋敷。お嬢さんが光と共に俺の前に現れたのだろう?お嬢さんは月から舞い降りた天女か。はたまた桜の精か…それとも…十六夜の君、とやらか?」

十六夜の君…その呼び名で呼ばれるのは…白龍の神子である彼女だったはず。
私であるはずはない…

「違う。私は…彼女では、ありません…」

「ほぅ…ならば、お嬢さんは何者だ?」

投げ掛けられた問いに考え込んでしまう。


「私は…」

自分は…いったい何者なんだろうか?一般人です、何て言ったら斬られそう…答えられずは言葉に詰まる。
その様子に背中あわせの彼はクツリと笑った。

「まぁいいさ。お前が何者であろうとも俺には関係無い」

「関係無い…?私はもしかしたらあなたの敵。平氏に仇為す者かもしれませんよ?」

「ククッ 其れは其れで愉しめそうだな…」

その言葉に含まれた僅かな殺気と突き刺さるかの視線を感じ、首筋がゾクリと粟立つ。


「では、天女が月へ還らぬように羽衣を奪っておこうか…」

言い終わらない間に、すっと彼の長い指が御簾をかき上げ―…

「やっ!?」

一瞬の戸惑いの隙を突かれ、簡単に手首を掴まれてしまった。
女の力で敵うわけは無く、腰に腕を回され背を向けたま彼の元へ引き寄せられてしまう。

「離してくださいっ」

絡み付く腕を外そうともがくがその手に込める力を緩めてはくれない。
いや、の反応を愉しんでいるのか。

「クッ宴にも飽いていたところだ…愉しいませてくれるよな?」

耳元に注ぎ込まれる艶めいた低音の声に、うっとりと酔ってしまいそうになるがそんな場合ではない。

「っ!戯れはお止めください」

ヤバイ、ヤバイヤバイ!!
このままじゃ…喰われる!!
朱に染まる顔とは裏腹に、内心青ざめながら動かせる部位をばたつかせる。

ごすっ…

偶然にも、もがいていたの肘が彼のがら空きになったみぞおちに見事に入って決まった!

「ぐっ…」

「あ…ご、ごめんなさい」

謝りつつ、腕の中から脱け出す。ダッシュで逃げようとしていると、

「ちっ」

顔を歪ませた銀髪の男性、知盛の紫紺色の瞳との月明かりに金色に染まる瞳が、一瞬だけ交差した。
知盛はに手を伸ばそうとする。が―…


グニャリ…


視界が揺れ、世界が再び暗転する。

(もとの時空に戻る?)


「また、ね?」

歪んでいく視界の中、知盛にそう告げた。







* * * *






地に足が着いていないような浮遊感。くらくらする眩暈の後に、目に入ったのは焼けて煤けた桜の木の幹。


「…戻って来たんだ…」

(さっきは過去の六波羅?)

まだ体に残る知盛の腕の感触を振り払うように、は頭を フルフル と横に振った。


ザッザッザ…


近付いてくる足音に振り返るとそこには先程はぐれたヒノエと…

探したよ」

「ごめんねヒノエ君」

彼の後ろには二人の少女と色とりどりの頭をした男性達。

(本当に…ゲームのままだなぁ)

彼等の事は知ってはいるが、一応の形式として聞いた。


「…彼等は?」

「龍神の神子姫様御一行さ」

長い紫苑色の髪の少女がの前に進み出る。

「はじめまして。私、春日望美っていいます」

「はじめまして…」

(望美ちゃんかわいいっ)

頬がニヤケそうになるのを堪え、挨拶をする。

「私は…です。望美ちゃん、よろしくね」

そう、にっこりと微笑んだ。



長かった序章は終わり、ようやくゲームの物語と繋がった。
…これからが本当の幕開けとなるのだ―




冒頭の和歌⇒古今和歌集中89 貫之作
意味は情景を詠ったものです。綺麗だなぁと思い使わせていただきました。
知盛が詠んだのは⇒後撰集103 信明作
意味は、「こんな良い月と桜は、できる事なら情趣を解る人と見たいものだ」