30
爽やかな風が吹く昼下がり、梶原邸の庭で何かが激しくぶつかり合う音が響いていた。
カキンッ
ガンッ
庭に出て、木刀を手に剣術の鍛練をするのは望美と九郎。
源の武将である九郎の太刀さばきは基本に忠実で無駄の無い動き。
対する望美は九郎にひけをとらない、まるで舞を見ている様だ。
そんな二人を見守る面々が濡れ縁に座していた。
「もぅ九郎殿も望美が女の子ということをわかっているのかしら…」
朔は望美の身を案じ、加減をしていない九郎に対し眉根をしかめる。
「大丈夫。神子は負けないよ」
そういう問題じゃないのと、どこまでも無邪気な白龍に朔は苦笑いする。
「白龍、そうじゃなくて……?」
は朔と白龍のやりとりに微笑みつつ、立ち上がり草履を履くと庭へと歩み出した。
唐突に間合いを取っていた二人の間に入ってきたに、望美と九郎は構えを解く。
「はぁ?いきなり何言ってるんだ。第一お前、刀を扱えるのか!?」
華奢な体駆で黒髪を後ろで一つにまとめたを見る。
…こんな細腕の持ち主に太刀を扱える筈は無い。
「まぁ、たしなむ程度には…女でも太刀は扱える。九郎さん偏見は良くないよ?じゃあ…望美ちゃん、相手になってくれるかな?」
「ぇえ?でも…」
「お願い。駄目かな?」
戸惑う望美には両手を合わせて聞く。
頭を占めていたのは、二人の手合わせを見てうずうずと胸が高鳴ったのと、自分の剣術が彼等に太刀打ちできるのか…試してみたかい、という気持ち半々だった。
「…わかりました」
う〜ん、と考えたのち望美は頷いた。
「お、おいっ」
慌てる九郎から半ば強引に木刀を奪い取りと、はざっ構える。
望美も自分の構えを取る。二人の緊張感が伝わり、静寂が庭を支配していく―…
「じゃあ、お手柔らかに…」
「さん、行きますっ!」
* * * *
木刀を打ちつけ合う二人を見て、先ほどまでの危惧は何処へやら。九郎はほぅーと息を吐いた。
「確かに、なかなかな腕前だな…」
望美の剣術の腕は並の武士では敵わない程のものだろう。その望美と同等に渡り合うとは…
「望美、…怪我しないでよ」
「神子もも頑張れ」
朔と白龍は先ほど同様に二人を見守る。
木刀を打ち付け合いながら望美は僅かばかり違和感を感じていた。
気のせい、そう言われてしまえばそうかもしれない、少しの違和感だが…それが何かはわからない。
「はぁ!」
ダンッ
(えっ!?)
一瞬、望美の目に地を蹴り、木刀を振りかぶると重なって見えたのは…
繰り返した時空の中で、敵対し何度も太刀を交えた二刀使いの武将―…
(知盛…!?)
ガキンッ
カラーン…
「そこまで!勝負あったな」
「あ…」
勝敗を告げる九郎の声に、我に返ると望美はの持つ木刀を叩き落としていた。
「っつ…参った…」
は木刀を握っていた手にびりびりと走る痺れに顔をしかめた。
「望美ちゃんはやっぱり若いなぁ。体力が敵わないね」
「……」
目の前に居るのは上気した顔で笑う、自分と変わらない背丈のメガネをかけた黒髪の女性。
望美は木刀を握ったまま固い表情を崩せずにいた。
(なぜ…?)
そう思っても答えは出てこない。
「二人とも大丈夫?はい、これで汗を拭って」
朔に手渡された手拭いで汗を拭いながら、望美はにたった今感じた疑問を口にした。
「さんは…誰に剣を習ったの?」
「う〜ん、私は京にも熊野にも居たし…いろいろな人かな?ヒノエ君にも稽古をつけてもらった事もあるし」
(もしかしたら…さんは…平家の関係者?将臣君を知ってるし……ううん、そんなはずは無い。だって私はそんな運命は知らないもの)
頭に浮かんだ考えを打ち消すように望美は首を振った。
「望美ちゃん?どうし…」
「先輩〜休憩にしませんか?」
の声に被るように、部屋から顔を出した譲が声をかけた。手には焼き菓子が乗ったお盆を持って。
「デザート作ってみました」
焼き菓子の甘く芳ばしい匂いに一気に解かれるその場の緊張感。特に白龍は目を輝かせた。
「神子〜!でざぁと食べに行こう〜!」
「も〜白龍ったら…」
と言いつつ、ようやく望美の顔には笑顔が戻っていた。