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31

満月に近い、十三夜月が辺りを照らす夜。
既に屋敷皆が寝静まっている中、梶原邸の広い庭の隅では一人太刀を振るっていた。

いつもと同じく、将臣と知盛に習っていた頃を思い浮かべて。そして昼間の望美との手合わせを思い出しながら…


「…脇が甘いな」

「っひ…」

草木も眠る丑三つ時…人の気配など無かった空間から突然聞こえた声に、情けない悲鳴が出そうになる。
が、聞き覚えのある声と気配に気付き、心臓がバクバク脈打つのを抑えようと息を吐いた。

「驚かしてしまったか?」

「ああ…リズ先生…びっくりした…」

振り返ると金髪碧眼、この世界では“鬼”と呼ばれる者…リズヴァーンが立っていた。
八葉の中でも随一の剣豪であるリズヴァーンと二人きりとは。
これは自分の剣の腕を磨くチャンスかもしれない。


「リズ先生、今から稽古をつけてくれませんか?」

「稽古を?」

唐突なお願いに、あまり感情を面に出さないリズヴァーンの眉がピクリと上がる。

「お願い、できませんか?」


再度そうお願いする。一瞬の間の後、

「うむ…いいだろう」

「ありがとうございます」

ペコリ とお辞儀をすると、リズヴァーンの瞳に一瞬柔らかい光が生じた。
だが、直ぐにいつものポーカーフェイスに戻る。

「では、構えなさい」

「はいっ」



ギィン―

の放つ一撃はことごとくリズヴァーンに受け止められてしまう。

「くっ…」

リズヴァーンの体捌きは最小限の動きで無駄がまるで無い。望美と似ているのは二人が師弟だからだろうか。だが放つ一撃は望美以上に的確でかつ重い。

自分が受けやすいように、こちらの様子を見ながら太刀に込める力加減を変えてくれているのがわかり、それがにとって悔しく思えた。

(やはり凄いな…隙も何も無い。全然敵わない。でも、いつかは―…)








* * * *





「ハァハァハァ…」

ガクガクと奮える膝、肩で荒く息をして太刀を支えにして何とか立っているとは対照的に、リズヴァーンは重たそうなマントを羽織っているのに息一つ乱していない。

「体力が続かないのは仕方が無いが…」

言いながら太刀を鞘に納める。

「お前の剣には迷いがある」

「迷い…」

「その迷い、躊躇いのせいで体に余計な力が入っている。それがお前の動きを鈍らせているのだ」

「心の迷いは隙を生じさせる」

リズヴァーンの声は、静かで落ち着いているのに何故か強く心を揺さぶられる。

「迷い、隙か…。リズ先生…私は正直、怖い、です」

息切れのせいもあったが、途切れ途切れに紡ぐの言葉は紛れも無い本心。

「この先に起こる事を…戦を…いつかきっと私の剣が、誰かを傷付ける…」

視線を落とし、ジッと自身の両掌を見つめる。
今は月明かりに染まるこの掌が、そう遠くない未来紅く染まる日が来るのだろう…



リズヴァーンは暫く無言でに静かな視線を向けていた。
十三夜の月明かりに照らさるの姿は、背景の夜桜と同化して何処か儚く危い美しささえ湛えていた。
自分の知ってるいずれの運命にも彼女は居なかったはずだ。
彼女の存在がこの先の未来をどう変えていくのだろうか…

。戦う事を決めたのならば…迷いを捨てるのだ」

「迷いを…」

おうむ返しに呟くと、はゆっくりと顔を上げる。

「さすれば、戦の中で生き延びる事など出来ない」


はっきりと言い切るリズヴァーンの目には強い光が宿り、が真正面から見つめているのにも関わらず微動だにしない。
…きっと彼は神子を助けるため、戦う事を迷いはしないだろう…確かめる術は無いが、はそう感じた。