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「ふぁ…」
朝餉に出された焼き魚のこうばしい匂いがする居間で、は起きてから何度目かの欠伸を口元に手を当てて堪える。
朝方までリズヴァーンと鍛錬を行い、その疲労と睡魔から布団に倒れ込むように横になったのは…ほんの3時間程前だろうか。
だが習慣とは驚くもので、あれほどまでに疲れていたのに普段通りの起床時間に目が覚めてしまった。
全く、こんな状態で我ながらよく起きられたものだと思う。
そんなを見てヒノエは苦笑いを浮かべる。
「、眠たそうだね」
「あははちょっと昨夜は寝付けなくてね」
そう答えるが、髪を掻き上げた際に着物の袖口から出た右腕には青痣ができていて…
「痕が残ったら大変だから…あまり無理はするなよ?」
「ヒノエ君…昨夜の、見てたの?」
「さぁ…」
驚き、目を丸くするにヒノエは何かを言おうと口を開くが…
バタバタバタ!!
襖の向こうから聞こえてきた、慌ただしい足音に掻き消されてしまった。
「望美?も〜朝からどうしたのかしら」
朔は白米を椀に盛る手を止めて、呆れながら襖に目を向ける。
「先輩…焦らなくてもまだ朝ご飯は残っているのに」
どこかズレている発言をする譲の眼鏡は汁物の湯気で曇っていた。
走りながら居間に向かって来る望美を迎え入れるため、襖を開けようと引き手に手をかけ…
バタンッ!!
「みんなっ下鴨神社に行こう!!」
激しい音を立てて、居間へと入った望美が開口一番に言った言葉にその場に居る一同は首を傾げる。
「望美ちゃんおはよう〜何で下鴨神社なんだい?」
「えぇっと〜」
景時の問いに返答に困って望美は部屋中に視線を巡らす。
(意外と景時さん鋭いからなぁ…ど、どうしよ〜!?あっ)
望美は心配そうに自分を見るに気付き、縋るような視線を送り助けを求めた。
望美の視線の意味に気付くと、は軽く頷いて望美の横に来ると手振りをつけながら言う。
「望美ちゃん、下鴨神社の桜を見たいんだよね」
「そう!そうなの!!お花見したいの」
瞳を輝かせて望美はコクコクと頷いた。
* * * *
下鴨神社の広大な境内に植えてある、数え切れない程の桜の木が満開に咲きほこり、風が吹く度に花びらが舞い散り朱塗りの建物に映えて訪れる者の溜め息を誘う。
「せっかく望美さんが息抜きに誘ってくれたのに…まさか九郎は断ると?」
「わ、わかった」
半ば脅しに近い黒い笑みを浮かべた弁慶の迫力に負け、望美からの誘いを渋々受けた九郎だが…
「はぁ…綺麗なもんだなぁ」
目前の光景に不機嫌だった事も忘れ、感嘆の呟きをもらす。
「九郎、来て正解だったでしょ?」
「ああ…望美に感謝しなければな」
「神子っ綺麗だね〜」
「うん、そうだね」
花びらを追いかけながらハシャぐ白龍に望美はどこか上の空で答える。
「もしかして…」
望美この様子はおそらく、彼を探しているのだろうか。
そう思いつつ、も辺りをぐるり見回すが目的の人影は見当たらない。
「あっ!!」
キョロキョロと辺りを見渡していた望美は突然声上げ、駆け出した。
「えっ先輩!?」
「望美どうしたの!?」
「この気は…神子を追いかけよう」
一行は慌てて望美の後を追う。
走りながら前方に佇む人物を確認すると、譲は思わず走る速度を落とす。
「あれは…」
望美と親しげに会話をしているのは長身の蒼髪の青年…
譲は信じられない思いで何度も目を瞬かせた。
「兄さんっ!?」
譲の声に振り返ったのは紛れもない、兄である将臣。
将臣は譲に向かって片手を上げると、ニカッと笑って応えた。
「おぅ譲か!久し振りだな」
「っ、今まで何やってたんだよ」
「はは、相変わらずだな」
感動の再開、といかない相変わらずの弟に将臣は苦笑いを浮かべた。
だが、弟の後ろに目を向けると目を丸くする。
「っ…て、お前は…」
「将臣君、久し振り?」
驚く将臣に、は小首を傾げニッコリと笑ってやった。
「ふふヒノエ、恋敵が増えましたね」
意地の悪い笑みを浮かべる叔父をヒノエは睨むと、
「…あんた本当にいい性格しているよな」
溜め息混じりそう言ってやった。