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将臣と再会して数日後―…
望美の幼なじみ、譲の兄ということを抜きにしても、元々人当たりが良く豪快な兄貴肌である彼は直ぐに八葉達に馴染んでいた。
梶原邸の居間にて、望美、朔、将臣の4人が談笑しながら寛いでいると…バタバタと小走りにやって来たのは、
「おうっ譲、どうした?」
「っ兄さん!いい加減洗濯する物を脱ぎ散らかすのは止めてくれよ」
息を乱しながら譲は、手にしたグチャグチャになった着物を持ち主である兄の目前に突き出す。
その中にはご丁寧にも褌も…
「譲は相変わらず母親みたいにうるせえなぁ。あんまり口やかましいと望美に嫌われるぞ」
「なっ…それとこれとは話は別だろ!?」
顔を赤くして、将臣にくってかかろうとする譲の前に望美が割って入る。
「もうっ将臣君、譲君二人とも朝から喧嘩しないでよ!」
「うっ先輩」
ぎゃあぎゃあと楽しそうな三人の会話が耳に入り、その場に居るだけでは自然と笑みが零れる。
将臣が来てからというもの、梶原邸が更に賑やかになっていた。
「ふふっ将臣殿がいらして、随分と賑やかになったわね」
朔も同意見だったらしく、三人の様子を眺めながら目を細める。
「そうだね。…幼なじみっていいね」
平家の屋敷でもよく楽しそうに笑っていたが、今の彼は“還内府”ではなく飾る事の無い“有川将臣”の顔をして笑っていた。
ずっと捜していた望美と譲に会えてたのだから素に戻って当然だろうが…
此処では彼が“還内府”だということを知っている者は、望美と自分以外は恐らく居ない。
戦がまだ激化していない今は…
まだ、有川将臣としてこうやってみんなで笑っていて欲しい。
(良かったね、将臣君)
そう思いながら彼等を見つめるはすっかり姉の顔をしていた。
「え〜将臣君行かないの?」
この日、ヒノエは朝から所用のため不在。
九郎と景時は神泉苑で行われる雨乞いの奉納舞の祭事の警備に向かったという。
望美の「奉納舞を見たい」の一言で、一行は神泉苑に行こうかという話になったのだが―…
「悪ぃパスな。ちょっと用事があってな」
悪い、と謝りながら唇を尖らせる望美の頭を軽く撫でる。
「兄さん…」
「ん?何だ、お前も撫でて欲しいのか?」
「んな訳無いだろ〜」
拗ねた譲と将臣の本日二度目の仲睦まじい兄弟漫才が始まろうとするが…
「…用事とは何ですか?」
弁慶の一言で室内の空気が急速に冷めていった。
「おいおい、そんな事まで言わなきゃなんないのかよ?」
頭を掻きながらめんどくさそうな将臣に弁慶は挑発する様な視線を送る。
「念のため、ですよ。…もしかして話せない用事なのですか?」
口元だけの笑顔を浮かべる弁慶と、硬い表情の将臣の間に張り詰めた空気が流れ始めた。
「ちょ…弁慶さん」
「弁慶さん待ってください」
下手をしたら一触即発になりそうな雰囲気に、
見かねた望美とが二人の間に割って入っる。
…弁慶相手に生半可な事は言えないため、は努めて冷静に言葉を選ぶ。
「元々将臣君は用事があって京を訪れたのですから、彼の都合もありますし…あまり妙な勘ぐりを入れるのは失礼ですよ?」
「そうですよ。将臣君は私の幼なじみであり八葉なんですよ」
望美も加わり、ようやく張り詰めた空気が和らいできた。
「仲良くしてくださいね?」
上目使いに小首を傾げながら問う可愛らしい望美の仕草に、弁慶と将臣二人の表情も緩む。
無意識で萌ポーズをやってのけるのは若さと才能だろうか。
「ふぅ…二人して彼の味方ですか。…わかりました。将臣君、妙な事を聞いてすいませんね」
「はは、いいってよ」
先ほどまでのピリピリとした空気が嘘の様に元に戻り、望美は安堵していたが…
弁慶が一瞬将臣に鋭い視線を向けたのをは見逃さなかった。
(やっぱり弁慶さんは侮れ無いな)
部屋を出る将臣がの横をすれ違う際、
「マジでサンキュ」
と小声で言われ、はようやく安堵の表情を浮かべた。