34
桜の花びらが舞い散る神泉苑は現代よりも泉も泉に掛かる橋も大きく、泉に落ちる桜の花びらが薄ピンク色の絨毯の様に広がっていた。
(出来れば何も無い時に訪れたかったな)
思わずは溜め息を吐く。
奉納舞の神事が行われている境内は賑やかな楽の音が響き、そこかしこに警備の武士が目を光らせている。
泉の前には紅の敷布敷かれ、後白河法皇を筆頭に有力貴族が来賓席に座していた。
愉しげな後白河法皇の傍らに控えるオレンジ色の髪をした青年、源九郎義経は一人渋い顔をしていた。
「すまない、望美…」
舞手が舞ったが雨は一向に降らない。
業を煮やした後白河法皇の無理な命により舞台へと上がる事になったのだ。
望美が舞い雨が降らない場合、恐らく貴族連中はその責を面白おかしく責めたてるだろう。
自分は兎も角、望美を巻き込んでしまうとは…
九郎はギリッと歯がゆさにきつく拳を握りしめた。
だが、望美は法皇や貴族達の視線に臆する事無くゆっくりと舞扇を広げる。
「ほぅ…これはまた…」
「望美…」
初めて見る望美の舞に九郎は目を見張る。
舞を見慣れているはずの後白河法皇までもが息をのむ。
楽の音に合わせ舞う望美の姿はとても清らかで美しく、舞い散る桜の花びらまでも彼女の舞を優しく彩る。
その光景は、例えるならば桜の花の精。
見る者を魅了し息を吐くのを忘れさせてしまう程…
「本当に…綺麗なものね」
誰に対してでも無く、はポツリと呟いた。
神気というのだろうか。
望美を取り巻く清らかな白い氣、それがこの場の全てを清めていくのが眼鏡越しでもわかる。
やはり彼女は…
「穢れ無き神子様、かぁ……っ雨が、降る…」
が言った直後…
ぽつ…ぽつぽつ…
ざぁぁぁ…
白龍が望美の願いを聞き入れたのだろう。
一瞬だけだったが、天から降った雨粒に周囲に居る者達からざわめきが広がる。
「白龍大丈夫?」
膝を付き、肩で息をしている白龍に駆け寄るとその小さな体を抱きしめた。
「神子が困らなくて良かった」
蒼白い顔をしながらも、嬉しそうにしている白龍に胸の奥がチクリと痛む。
「そう、だね…」
は痛みを堪えながら答えるが。
チクチクと不規則にやってくる痛みは治まりそうもない。
望美への賞賛の声、嬉しそうな白龍、こんな時は彼女と私の違いを否応なく感じてしまう。
ゲームでは自分=春日望美だった。
だが今は主役の望美は別に居て、自分はただの“イレギュラー”何の役目も無い。
(はぁ、私は何のために此処に居るの?)
ずっと見たいと思っていた許嫁宣言も何故かは上の空で聞いていた。
* * * *
「?」
一悶着あった神泉苑から、ヒノエと共に滞在している屋敷に帰ってきたのだが…
外廊下に座り込み、どのくらいボンヤリしていたのだろうか。
名を呼ばれ、ハッと顔を上げるといつの間にか辺りは夕暮れの茜色に染まり、出掛けていたヒノエが帰って来ていた。
「ぁあ、ヒノエ君!?ごめんなさい気が付かなくて…」
慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
ヒノエはクスリと笑うとに問う。
「浮かない顔をしてどうしたんだ?」
「そんな顔してた?昼間人が多い所に行ったから、ちょっと疲れちゃったみたい」
「ああ、神泉苑に行ったんだっけ?神子姫様が大活躍したと聞いたけど」
まったく彼はどこまで情報に長けているのだろうか。いや、昼間の噂が広まっているのか。
「疲れたろう?ゆっくり休みなよ」
確かに疲れていたが…この倦怠感は出掛けた疲れでは無い。
…これは、恐らく…
「…ヒノエ君は何で私に優しくしてくれるの?」
ただの自分の愚痴に近いわがまま、そうわかっていても聞いてしまう。
「ヒノエ君だったら、私なんかよりもっと若くて可愛い女の子が周りに居ると思うのに…望美ちゃんとか…」
言った後に酷く自分が卑屈で滑稽に感じた。
「ごめんっ今のは無し…」
「確かに神子姫様は可愛いらしいけど…」
そっとの頬に手を添えて甘く、囁く。
「お前も十分可愛いよ」
「っな…」
思いもよら無かったヒノエの言葉に、囁きと共に耳元に感じた吐息に一気に頬が赤く染まる。
「こ、こらっお姉さんをからかうんじゃないのっ」
思いっきり動揺し、真っ赤な顔で肩をパシパシ叩くにクスリと微笑む。
「…ようやく、笑ってくれたね」
「えっ?」
彼の優しさに嬉しくて、何故か泣きそうになった。
(私は彼に、ううん誰に対してもときめく訳にはいかないのに)
「どうした?」
は何とか落ち着こうと息を吐く。揺れる心を見透かされないように。
(でも…いつか、この笑顔に負けそう…)
正直、ヒノエの笑顔に優しさに寄りかかりそうになる。だが、甘える心地よさを覚えてしまったら、自分を保てなくなりそうで…
「何でもないよ」
僅かばかりの葛藤を誤魔化すために、曖昧な笑みを浮かべてそう答えた。