36
「その二人から離れてもらおうか!!」
「何だテメェはっ」
怒気と殺気すら込めた声に一斉に振り向く男達。
「お前等に名乗る名前何かねぇよ」
「何だと!?」
「おぅよく見たらお前もいい衣を纏ってんじゃねぇか」
ニタリと厭らしい笑みを浮かべながら今度は将臣を取り囲む男達。
男達が将臣に気を取られているその隙に、足音を忍ばせソッとは尼僧に近づいた。
「大丈夫ですか?早くこちらへ」
素速く二人を立たせ、移動しようとするがゴロツキの一人に気が付かれてしまった。
が間に入り二人を庇うが…
「このっ逃がすかよ」
「うわっ離すのだ!」
男に衣の裾を掴まれ、体制を崩した少年は手を付く間なく頭から転倒してしまった。
さらに少年の肩を掴み引き起こそうとする男に、はとっさに太刀を鞘から引き抜く。
「っ、離しなさい!!」
「うぎゃぁ」
叫ぶと同時に男の左肩から右肩にかけて一文字に切り裂いた。
飛び散る鮮血にクラリと一瞬目眩を感じたが、唇を強く噛み堪える。
「…っ」
初めて知る、人を斬った感触…地に転がり苦痛に呻く男をは無表情で見下ろす。
迷う事なく太刀を抜いた事に対する戸惑い、男の傷口から流れる赤い血に思わず柄を握り締める。
―が、呆けていたのは一瞬だけで落ち着くために頭を振り太刀を鞘にしまうと、額を押さえる少年と少年を抱きかかえる女性に駆け寄った。
「そなた、女人の身で強いのだな」
「これ、失礼ですよ。…お嬢さんありがとうございました」
瞳を輝かせる少年を尼僧は窘める。
まるでの動揺に気付いたかのように、自分の手を取り握ってくれた彼女に申し訳無い気持ちになった。
「…それより、怪我をさせてしまってごめんなさい」
「こんなの大した事は無いぞ」
「やせ我慢しないの。じっとしていて」
少年の脇にしゃがみこみ傷口を確認する。
額の為、出血は少しあるものの傷自体は擦り傷程度で大した事は無さそうだ。
「っててて…」
「本当は傷口をしっかり洗って、直ぐ冷やした方がいいのだけど…」
土で汚れた少年の頬を手拭いで丁寧に拭ってやる。
出血はほとんど止まっていたが、少年に手拭いを渡してしばらく押さえているようにと伝えた。
「二人共無事か!?」
ゴロツキ達を片付けて太刀を鞘に納めながら、将臣がこちらへと駆けつけた。
「ええ、ありがとうございます。…将臣殿」
「すごいすごい!やはり強いのだな!!」
尼僧に軽く一礼すると、飛びついて来る少年の頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でる。
「よし、泣かなかったか?偉いぞ」
まとわつく少年に安堵する将臣にはそっと訪ねた。
「将臣君…行くの?」
「ああ…わりぃな、俺は二人を送って行かなきゃなんねぇ」
「わかってる。みんなには適当に伝えておくからね」
グッと親指を立ててそう言う。
「サンキュッ」
「気を付けて…ね」
戦が有ろうと無かろうと、生きていればまた会える。だけど、彼の背負う荷の思うと複雑な気持ちになってしまう。
それが顔に出ていたのだろう、将臣に頭を軽く小突かれた。
「そんな顔すんなって、また会おうぜ」
「うん」
彼等を見送る間、ぐっと握り締めていた手のひらは微かに震えていた。
ゆっくりと開くと先程の太刀を振るった生々しい感触が蘇える…
(ああ、傷付けてしまった…でも…)
命まで奪わなかったのは幸いだったのだろうか。
いや、この世界では報復があるかも知れないのに止めを刺せなかったのは自分の甘さか。
呻きながら起き上がろうともがいている男達を横目で見る。
「甘い」と言われようと、恐らく将臣も命までは奪えなかったのだろう。
「頑張れ、将臣君」
遠ざかる後ろ姿に、そう呟いた。
「さてと…」
将臣達の姿が完全に見えなくなると、何とか上半身を起こした男に近づき、
「ひっ」
鞘から引き抜いた太刀の切っ先を男の喉元に突きつけた。
本人は気付いていないが、眼鏡を外し睨みながら太刀を構える姿は迫力満点で。
「…あんた達、次こんな真似しようとしたら…命は無いからね」
ドスのきいた声でそう脅すと、男は青ざめながらコクコクと首を縦に振る。
「ハッタリも時には有効」それはヒノエから教わった事。
男が頷いたのを確認するとはその場にしゃがみこみ、彼等の傷口の止血を始めた。
「あんた何っで…」
「だって死なれたら目覚めが悪いもの」
シレッと答えて、男達にニッコリと微笑んでやった。
* * * *
の姿が見えない場所まで街道を歩き進むと、将臣に尼僧が深々と頭を下げた。
「将臣殿…勝手な事をして申し訳ありません」
「いえ、二位ノ尼の責ではありません。勿論、帝にも」
横に並んで歩く少年の頭を撫でながら答える将臣の笑顔につられて、尼僧も笑みを浮かべた。
やはりこの青年には周りを明るくする力がある。だが、尼僧には不安な事があった。
それは…
「あの女人は…」
「あいつは…余計な事を言うヤツではありませんよ」
大丈夫、と言う言葉に二位ノ尼はゆっくりと頷いた。
震えながらも自分と孫を守ってくれた彼女なら大丈夫だろう。
「あなたがそう言うのならそうなのでしょうね」
街道を少し進むと木陰に誰かが佇んでいるに気付き、将臣は眉間に皺をよせる。
「クッ還内府殿もご一緒とは」
銀髪の長身の青年が現れ、少年が嬉しそうな声を上げた。
「知盛殿っ」
護衛役として付いてきた筈なのに、全く役目を果たしていない知盛に将臣は盛大な溜め息を吐く。
「知盛…お前今まで何やっていたんだ!?」
「別に…ご無事だったのだから、構わないだろう?」
「あのなぁ…これが無事に見えるか?」
悪びれもしない知盛に心の中で毒付いてやった。
(もう絶対にの事を教えてやらねー)
知盛は少年を見るや否や表情を変え、額に当てていた手拭いを外し傷口を確認する。
「こんな傷、大したものでは無いぞ」
「いえ、帝のお顔に傷が残ったら大変です。急ぎ手当てをしないといけません」
「う〜わかったのだ」
福原へと先を急ぐ一行だったが、不意に知盛は足を止める。
少年、帝が額を押さえていた手拭いから仄かに薫る香は…覚えがあるものだった。
それは以前、珍しく自分から女に贈った香だったから。
「……」
知盛は無言のまま将臣達が来た方向を見つめながら目を細めた―…