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二人に振り下ろされる太刀ー!
ギィン
を背に庇いながら、自身の太刀で何とか平家兵の太刀を受け止めたが、彼は苦しそうに呻いた。
「ぐっ、早ようお逃げください!」
叫ぶ彼を切り捨てようと、もう一人の平家兵が太刀を構える。
「私も…」
もう迷っている暇など無い。
「私も戦う!!」
叫びと共に、太刀を鞘から刃を抜き放つと、平家の兵が身に着ける甲冑の隙間を狙い切り付けた。
「うぎゃああ」
首筋を切り裂き頸動脈を断ち切ったのか、文字通り平家兵の首から吹き上がる大量の血液。
いったい人間にはどれくらいの血液が流れているのか…
そう疑問に感じる程の血を溢れさせながら、兵は膝からガクリと崩れ落ちた。
(「人間は血液が詰まった風船」以前誰かからそう聞いた気がするな)
ぼんやりと回らない頭でそう思った。
…出来る事ならば味わいたくないと思っていた肉を断つ感触。
命を奪ってしまった事に対する倫理感、罪悪感など考える暇なんか無くて。
地面に水たまりを作り、足元まで広がる血液を見ながらの頭の中で何かがプツリと切れた音が聞こえた。
「……」
ゆっくり無表情に太刀を二刀構えると、残りの平家兵へと駆け寄る。
それからは、まるで、スローモーションを見ている気分だった。
上がる悲鳴は耳に入ってこず、相手の命を奪うために太刀を振るい続けた。
「はぁはぁはぁ…」
空がようやく白み始め、長かった夜がようやく明けた頃。
静まりかえる陣内の中、はっと正気を取り戻して辺りを見回せば…は累々たる死屍に囲まれていた。
立ち込める死臭と折り重なる死骸…
あまりの光景と体中にベットリと付着する朱に、上がりそうにある悲鳴を必死で喉の奥に押し込める。
そう、泣き叫ぶわけにはいかない。彼等を斬ったのは紛れも無い自分なのだから。
* * * *
血糊に砂を撒き平家兵の死骸を片付けて、清められていく陣内をは少し離れた岩に腰掛けながら、ぼんやりと見つめていた。
数で劣る中、平家軍を退避させるとは奇跡と言えよう。
だが、手放しで喜ぶ事はできない。こちらも数多くの犠牲を払ったのだから。
「殿、これを」
「ありがとう」
ぎこちない笑みを浮かべて、少年からそっと手渡された水が入った椀を受けとる。
彼が気を使ってくれているのがわかったが、今はその気遣いがつらい。
「ごめんなさい、少しだけ…少しだけ一人にさせてください」
「わかりました。何かあったら呼んでくださいね」
少年は律儀に一礼すると陣内へと戻っていった。
彼の後ろ姿を見送ると、は立ち上がり陣に背を向けて歩き出す。
…何処でもいいから、少しでもあの場から離れたかった。
「っつ…だ、め」
こみ上げてくる吐き気と嗚咽を必死で喉の奥に押し込めようとするがうまくいかずは膝をつく。
肌がこすれて赤くなるまで洗った筈の自分の体から、むせかえる血の臭いとぬるりとした感触が蘇る。
自分が泣くわけにはいかない。
その資格があるのは…泣いていいのは、私が斬って殺した人の大切な人だけ。
太刀を持つと決めた時から、この痛みと苦しみの覚悟はしていた。
そう、していた筈なのに…
ぎりっ、下唇から血が滲む程きつく噛み締める。
だけど、だけど…今だけ、今だけは…
「お願い、泣かしてください…」
眼鏡のフレーム越しに見える“彼等”に(ごめんなさい)と心の中で謝罪をしながら両手で顔を覆った。