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うずくまり、泣き続けてどれくらい時間が経ったのだろうか。
微かに聞こえていた風の音や鳥の声が急に止まり、静まり返る中はふと顔を覆っていた手をどける。
「あれ?」
顔を上げながら辺りを見回すが、自分を取り囲んでいた“彼等”の姿が消えていた。
不思議に思っていると、ゾワゾワと鳥肌が立つ様に後頭部がざわめく。
…この感じには覚えがあった。
(そんな、まさか…)
ゆっくりと音をたてないように立ち上がり後ずさるが…
ガサガサッ
「ひっ」
草木をかき分けて現れた“ソレ”を見た瞬間、の足は地に張り付いてしまったかのように止まってしまう。
フシュー…フシュー…
SF映画の登場人物を彷彿させる音をたてながら緩慢な動きで歩く“ソレ”は、幾度となくゲーム画面越しで望美の敵として見た覚えがあった。
其処に居たのは、ボロボロの鎧を纏った窪んだ眼窩に虚ろな光を宿した骸骨が三体。
驚愕に目を見開くに、怨霊は所々錆が浮き刃こぼれした太刀を向ける。
あんな物で傷付けられたら、破傷風になってしまいそうだ。
「怨霊!!…血の臭いに誘われて来たの!?」
驚きからか思考が鈍り、反応が数秒遅れてしまった。
バキッ
「きゃあっ」
怨霊からの攻撃を避けきれず、後ろに飛ばされてしまう。
骨だけしか無いのに…人間離れした力にあまりの衝撃に息が詰まって肺が悲鳴をあげた。
「げほっ…つうっ」
痛みを堪えながら体を起こすの視界が朱に染まる。
額に手を当てるとぬるりとした感触…今の一撃で額を切ったようだった。だが、そんな事に構ってはいられない。
咳き込んでいる間にもジリジリととの間合いをつめる怨霊達。
「あ、眼鏡…」
視線を巡らし探すと、弾き飛ばされた時に眼鏡が外れて怨霊の側へ転がってしまっていた。
パキンッ
無情にも怨霊が眼鏡を踏み潰す。
「くっ…あの眼鏡高かったのに」
目の前で踏み潰され、壊れる眼鏡。悔しさに怨霊達を睨みつけた。
しかし…
「…あなたは…」
骸骨姿の怨霊兵と重なり見えるのはおそらく生前の姿。
「どう、して?」
何度か目を瞬かして確認するが、その怨霊の一人に見覚えがあった。
そう、あれはまだ平氏が京に居を構えていた頃―…
「こんにちは」
「ああ知盛様なら今は庭にいらっしゃいますよ」
「お気を付けてお帰りなさいください」
「貴女が邸にいらっしゃる日は、知盛様は本当に楽しそうで私も嬉しいのです」
彼は知盛に仕えていた武士で、得体の知れない自分に対して穏やかな笑顔でいつも接してくれた青年。
「どうして?どうしてあなたが…」
問い掛けても無表情に襲いかかってくるのみ。
振り下ろされた怨霊の一撃を避けて…は彼を見て息をのむ。
骸骨の空虚な眼窩から涙が溢れていた。
怨霊は泣いていたのだ…
(苦しい…苦しい…)
(助けて…)
頭に響いてきたのは彼等の苦しみ、助けを求める声。
「…なんでこんな…可哀想…」
すぅ…と涙がの頬を伝った。
「私…あなた達を助けてあげたい…」
構えを解いて太刀を放ると、両手を胸元で祈りを捧げるように組む。
『助けたい』その想いを乗せて歌詞を口ずさんだ。
Amazing grace,now seet the sond
That saved awretch like me
I once was lost,but now I'm fond was blind,bot now I see…
(Amazing graceより)
歌声が響く中、怨霊達に変化が生じる。
靄がかかり…骨だらけの体が歪み、徐々に生前の姿に戻って行く。
その表情にはもう苦悶は無く穏やかな顔をしていた。
「もう、苦しまないでいいよ…」
歌い終わった時には怨霊達は生前の姿へと戻っていた。
男達はに一礼をしたように見えたが、すぐに揺らめき消える。
彼等の姿が光の粒へと変わり、伸ばした手の平に集まり…
「おやすみ」
ゆっくりと手の平を掲げると、無数の光の粒は風に吹かれながら天へと昇っていった…