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天の川水まさるらし夏の夜は 流るる月のよどむまもなし







「…で、熊野水軍に協力を依頼するんですね?」

「ああ望美ちゃん、そういう事になるね」

報告のため出かけていた鎌倉から戻るなり、景時は熊野へ向かう事を告げた。
なにやら頼朝から熊野水軍への協力要請をするように仰せつかったらしい。
これからの戦に必要となる、海から攻められる戦力を得るため協力を要請するということらしいが、要するに平家に協力される前に源氏側に引き込もうという事だろうか。



チラリとヒノエを見ると、感情の読めない硬い表情を一瞬浮かべたが、の視線に気付きいつもの笑みを浮かべた。まるで「大丈夫」と言うように。



何にせよ源氏一行は熊野へ向かう事になった。







* * * *






ジメジメとした梅雨の晴れ間特有の湿気と肌を刺すような日差しの中、白龍の神子一行は熊野へとやって来た。

「暑い〜」

「せ、先輩!ちょっ、もう少し考えてください」

「えぇ〜?謙君何で?」

暑さを和らげようと、ミニスカートの裾をヒラヒラ翻す望美。
彼女の白い太股を目にして、謙は顔を赤らめてた。

若々しい二人のやり取りにクスリと笑みがこぼれた。
熊野…始めにこの道を通って熊野へ向かったのは約一年前。
次にヒノエと共に京へ向かったのは二ヶ月前…そして今。
改めて月日の経過を思い知らされる。
このまま自分の知っているゲームのストーリー沿いに進むのならば、この地では熊野川の氾濫、怨霊との戦い、そして彼等と再開するはずだ。
そう、将臣君と、平知盛…これからのゲームの展開を思い出すと、少しだけ胸が痛くなる。
元の世界へ戻るためにはこの先にある未来を通らなければならない、ってわかっているはずなのに。





「――あれ、皆どこ?」

どれくらい思考の海に沈んでいたのだろうか。ふと気が付いて、顔を上げて周りを見渡しても望美達は見当たらない。
辺りには熊野詣でに来た人達で、溢れ返っていてその混雑は縁日の浅草並みの人出だ。

もしかしなくても…これは迷子?

「いくらなんでも…この歳で迷子だなんて恥ずかしすぎかも…」

携帯電話など無いこの世界で迷子になるなんて大失敗。
気配を探ったとしても、この大勢の人の中から彼等を見付けてるのは厳しいだろう。
熊野は半年間暮らした土地。
近くの宿場には迷わず行け先に宿場まで行って皆を待つべきか…
いや、この流れだと熊野川が氾濫しているはずだから向かうとしたら熊野川かもしれない。


(う〜んどうしようかなぁ…)

陽向では紫外線が降り注ぎ暑くて堪らないため、木陰で木に寄りかかりながら唸っていると…何かを感じ顔を上げた。

「?」

視線?
ほんの一瞬だったが、人波の間から鋭い視線を感じたのだ。


「気のせいかな?」

熊野詣でをする人に睨まれ?る事をした覚えはない。
はコテン、と首を傾げる。



さんっ!!」

声の方に目を向けると人を掻き分け、の所へと走って来る望美の姿が見えた。







* * * *






「じゃあその怪異のせいで本宮には行けないんだね」

熊野路を歩きながら、両隣を歩く望美と朔からこれまでの話を聞いた。
町の人の話だと、本宮へ渡るための熊野川に架かる橋が川が氾濫して渡れなくなってるという。
…ゲームと同じ展開。
怨霊が関わっているのだろうが、とりあえず聞いてみようか。

「それって怪異かな?」

「ええ、おそらくはそうだと思うわ。今からそれを確かめに行くのよ」

「氾濫がおさまらなきゃ本宮へ行けないしね」

望美達は熊野川の氾濫の原因を探るため、今その問題のため熊野川の河原まで向っているらしかった。

また、道すがら聞いた話によればが迷子になっている間に将臣と再会したらしい。
でも「連れを待たせているからすぐに別れちゃったの」と残念そうに望美は唇を尖らしす。
すぐに立ち去ったと…連れ…
やっぱり彼も来ているのか。ふと、生田で再会した知盛の姿が浮かぶ。
将臣とはまた会えるだろうが、連れである彼も一緒だと思うと複雑な気持ちになった。






――ザザアアアアアア


熊野川に着いた一向が見たのは。

「うわぁ。凄いね…」

「本当…」

まさかここまでと予想していなかったため、思わず驚きの声を漏らす。
の呟きに、隣の望美も頷いた。
目の前にある川は今にも溢れそうで、申し訳程度の土手などすぐに決壊させてしまいそうだ。
まるで水に命があるかのように荒れ狂っている。

これでは近くに寄るだけで足元をすくわれて、川に落ちてしまいそうだ。
一応自分はカナヅチでは無いが、川に落ちるなど避けたい問題である。
考える事は一緒なのか、水の勢いに圧倒され皆一歩後ずさって様子を伺う。


「これが怪異なのか?」

九郎が怪訝そうに眉を寄せる。

「…私が様子を見よう」

敦盛が勇敢にも一歩前に出て、川に近づこうとした。

「ちょ、敦盛君危ないよ。無理しないで」

確かゲームの中でも敦盛は川の様子を見に行く。
水属性の彼は平気だろうが…でも実際にこの荒れ狂う川を見てしまうと危ないと思ってしまう。
少し待って、そう言いながら敦盛の手を取ろうとした時―…



【神子…………!】


「えっ?」

ひどく低く湿った女の声が川底から聞こえた。

マズイ、この展開はっ!?
急いで離れようとしたが、時はすでに遅し。
次の瞬間、の体は見えない力に引っ張られ、川へと引きずり込まれようとしていた。