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ざざぁー…ん
空には雲が重く垂れ込め、月明かりすら差し込まない闇夜。
頬を擽るのは、潮の湿り気を帯びた風と波の音だけ。
(あれ?私…いつの間に外に出たのだろう?)
ぼんやりと霧がかった思考でそう思う。
細かい砂利の感触を足の裏に感じる。
自分は草履も履かずに裸足のまま外に出たのか。
「えっ、外!?」
波打ち際に立っていたため波飛沫が素足にかかり、はハッと弾かれるように瞳を開く。
慌てて辺りを見回して確認するが…気が付けばは砂浜に居た。
「!?」
何故、どうして?動揺して走り出そうにも、地に足を縫い付けられてしまったように動かす事は出来ない。
仕方なく首を動かし周りを確認するの背後に、いつの間にか何者かの気配が現れる。
「忘れるんだな」
「そんな顔をするならば、忘れろ」
「…えっ?」
エコーがかった声に驚いて自由になる首を動かし再度辺りを見回すが、どんなに目を凝らして見ても声の主の姿は無い。
役に立たない視覚を諦めて、少しでも自分が置かれている状況を知ろうと瞳を閉じ聴覚に神経を集中させた。
クツリ…
すぐ近くで感じる吐息。低くて耳に心地良い声。
それはよく知っている相手と同じ気がして、心臓がドキリと跳ねた。
「…お前は……戦に出るな。もし、次に戦場であいまみえる事があったら…」
(この声は、まさか…この人は…)
待って!!
そう叫びたいのに、声の主は誰なのか気が付いてしまい…叫ぶ事が出来なくなった。
きつく瞳を閉じたままでいると徐々に遠ざかって行く彼の気配。
追いかけようとも、動かない足。
何度か力を入れて…諦めた。
彼を追いかけていいのか?否、追いかけたいのか?
「…っ、」
呟いた彼の名は、波の音にかき消されていった。
* * * *
ゆっくり瞼を開くと視界が歪んで見えて、指で目元を触れると濡れているのがわかった。
寝ている間に泣いていた…?
何の夢をみたのかはすでに朝靄の彼方だが、朧気に覚えているのは悲かった。という事だけ。
「そっか此処は…熊野」
開け放たれた障子戸からは、潮の香りが混じった風が入り込んでくる。
寝ている間にかいた汗が少しだけ冷やされる気がした。
「また戻って、来たんだった」
昨日は、勝浦の町へやって来てすぐに、熊野川を氾濫させている怨霊は後白河院と行動を共にしている事がわかった。
後白河院にベッタリとくっついている以上、迂闊に手を出せない。
どうにか怨霊と院を引き離す方法の模索と、源頼朝から景時へ書状が届いたとかで一行は勝浦の町に暫くの間滞在する事になったのだ。
(そうだ、あの怨霊の弱点は…確か…)
ふと、ゲームの流れで出てきた怨霊の弱点を思い出し、九郎に教えようとして……止めた。
(怨霊の弱点を私が教えて、ストーリーを変えちゃいけないし…)
何度か時空跳躍をしている望美なら弱点はわかっているはずだ。
望美の方に視線を移すと、彼女は口元に手を当てて何か考えているようだった。
「…あ、さんどうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ」
顔を上げた望美と目が合ってしまい、首を横に振る。
どのルートに進むのかは白龍の神子が決断するのだから。