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玉速神社の境内に足を踏み入れると、たくさんの人達が奉納舞の準備をしているみたいでとても賑やかだった。


「うわぁー…やっぱり随分と人が多い…」


夕立に降られ将臣と雨宿りをしたのは前日の事。
朝餉を済ますとそそくさと出掛けて行った望美を見て、「将臣と知盛の二人と出掛けるのか」と気付いたは玉速神社へとやって来ていた。

望美が裏熊野ルートを選んだのならば玉速神社で舞うはずだから。
むくむくと湧き上がる、
(望美ちゃんと知盛の二人舞を生で見たい!!)
という欲求に勝て無かったのだ。

ゲーム沿いに進んでいる現在、下手に手を出したら原作を変えてしまうかもしれない。そんな事は出来ない。
だが、境内の人の多さにこれなら人と人の間に紛れて、彼等に見付かる事は無いだろうと安堵した。




「きゃっすいません」

だがこう人が多いと、その場に立っているだけで人の波に攫われそうになる。


「あんたも舞を見に来たのかい?」

その様子を眺めていると、横を歩いていたおばさんに声をかけられる。
その言葉を聞いて、は足を止めた。


「ええ、都の舞を一目見たくて」

「そうだね〜こんな機会は滅多にないものね。じゃなきゃあこんな暑い中出歩かないよ」

額から流れる汗を拭いながらおばさんは言う。恰幅のいい彼女で無くともこの暑さは堪える。

「あの、まだ舞は始まら無いのですか?」

「ああ、まだ準備が整っていないみたいだからね。でも早く舞殿の前に行かなきゃしっかり見れないよ。舞なんてさぁあたしが若い頃には…」

「あの、ありがとうございました」

おばさんの話が長くなりそうだったため、軽くお辞儀してその場を離れた。
舞はしっかり見たいが、あまり前の方で見ていると望美に自分が此処に居る事がバレそうなため、それは出来ない。







* * * *







「疲れるなぁ」

始まるまで日陰に居ようと、本殿の裏手へと回ると人が少なくなりようやくはホッと一息吐いた。




「困ったのぅー」

ブツブツと何事か呟きながら、神官装束を纏った老人はうろうろ行ったり来たりを繰り返す。
老人の後ろに付く二人の神官も途方に暮れた表情をしていた。

「ああも人が多いと……何あれ?」


日陰で休憩していたは不審な行動をしている神官を目をして、眉をひそめた。
老人は暫く唸っていたが、急に顔を上げる。
その時、と目があってしまった。

「ああっ!?お前さんは…!?」

老人とは思えない速さで走り寄って来た勢いに、は条件反射的に後退ってしまった。


「…相変わらずお元気みたいですね」

玉速神社の神官長であるこの老人には、以前世話になった事があったため知っていた。

…久しいのぅ息災だったか?」

先程までの奇行は嘘のように、老人はの手を握りガハガハと笑う。



「おおっそなたは昨年、奉納舞を舞った…」

「確か…殿だったか」

小走りにやってきた神官たちも老人同様に、何度か見た事があった。

「皆様、お久しぶり、です」

神官達に挨拶をするが、彼等がジロジロと眺める視線に何だか嫌な予感がする。

「なんという偶然というか…」

「これで代役は決まりだな」

「代役…」

神官達の言葉に、はまさか…と思い口元が引きつる。


「実は都から招いた舞手が体調を崩してしまってな〜困っていたのじゃよ。だがお前さんのお陰で解決したわい」

「ちょっと待ってください…」

ジリジリと後退ろうとするが、老人は掴んだ手を離してくれない。


「それはまさか…」

、代わりに舞ってくれないか?」

にこやかに笑う老人を虐待だと言われようが殴りたくなった。


やっぱり…嫌な予感的中―…。