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ささやかな抵抗も虚しく、神官達に引き摺られるように控えの部屋へと連れて来られてしまった。
「もう少ししたら私より上手く舞える女の子が来ますから」
何度となく彼等にそう訴えるが、
「お前さんの舞をもう一度見てみたいという者も多いからのぅ。舞ってくれるなら好都合じゃ」
あっさりと神官に言われてしまい、全く聞き入れてもらえない。
「最近舞っていないからとんでもない舞になるかも」
とも言ってみるが、
「大丈夫よっ身体はそう簡単に動きを忘れないから!楽を聞けば舞えるはずだわ」
さしこみで苦しんでいるはずの白拍子が力強く答える。
…これではどうやっても逃げられそうにない。
(望美ちゃん達が玉速神社に来ないことを祈るしかないか…)
諦めとヤケな気分で支度を終えて舞殿へと向かった。
だが、いざ舞台へと立つと見物人の多さに…ガクガクと足が竦む。
ここまで来てしまったなら逃げるわけにはいかない。
は覚悟を決めると、すぅ…と半眼を伏せて舞殿の中央まで歩み出た。
* * * *
(ええっと、これはどういうことなの?)
玉速神社境内へと足を踏み入れた望美は内心焦ってキョロキョロと辺りを見回していた。
この場所での舞イベントが発生しない。
さしこみで苦しむ白拍子が現れない。
それどころか奉納舞の準備は順調に進んでいるようだった。
何度となく繰り返した運命の中でも、こんな事態は初めてで…
「どうやら舞いが始まるみたいだな」
「う、うん…そうみたいだね」
将臣の声に我に返り、曖昧に笑いながら頷く。
今の二人と此処に来るのは初めてなのだから、妙な態度はとれないし気付かれてはいけない。
「クッ神子殿どうする…先を急ぐか?それとも…」
「見ていこうよ。どんな舞なのか見て参考にしたいし…」
(一体誰が私の代わりに舞うのか見てみたいし)
最後の一言は声に出さずに思うだけに留めた。
「へ〜お前舞いなんか出来だのかよ?」
「も〜失礼な。この世界に来て朔から習ったの。これでもそんじょそこいらの舞手より上手いつもりだよ」
「ほぅ…大した自信だな」
強気に言うと、予想通り知盛は興味を示した。
舞殿に群がる人の波を掻き分けて前へと進み、舞台で舞う舞手の顔が見える位置まで来て…
「えっ!!??」
望美は思わず大声を出してしまった。
隣で舞を見ていた男に嫌そうに睨まれたが、そんな事は構っていられない。
何故なら、舞台で舞う人物は望美がよく見知った人物だったのだから。
「…!?」
思いもよら無かった彼女の姿に将臣も驚きの声をあげる。
どうして、何故が?そんな疑問が頭をよぎったが、望美の口から出て来た言葉は素直な感情だった。
「きれい…」
普段は化粧っ気が全くない健康的で柔らかな色気を放っていた彼女が、今は化粧を施し美しい舞装束に身を纏っていのだ。
時を同じくして見知った人物の姿に気付き、舞台の上に立つの目が驚愕に見開かれる。
(望美ちゃん!?やっぱり此処に来たんだね…)
予想していたとはいえ、動揺してしまい身体がぶれて舞扇を落としそうになってしまう。
…萎えてしまいそうになる気持ち。
だが、彼等に見付かったとしても楽が流れている以上、見物人が居る以上逃げ出す事はしたくない。
それに今の自分は、白龍の神子を差し置いて舞台に立っているのだから、中途半端な舞を舞う自分など許せない。
は再び意識を舞へと集中させた。
(誰?これは…)
舞いながら感じる、身体を貫くような熱い眼差し。
視線の主を認めると戸惑いも覚えたが、その彼……知盛を一瞬だけ見れば絡まる互いの視線。
直ぐに逸らしたが自分を追いかけてくる視線に、視線だけで犯されている気分になっきて…
…ゾクゾクと身体の奥底が熱を持ち、奮える。
その熱は興奮とは異なった今まで感じた事がないもの。
説明がつかない感情は確実に昂まっていき、身体の内側からとろけていく。
ああ…なんて…
(気持ちいい…!)
「さん…」
徐々にの舞が艶やかなものに変化していく。
女の自分でもドキリとしてしまうような、そんな蠱惑的な舞だった。
…こんな舞は自分には舞えない…
一瞬チラリと彼女が視線を移したのを感じ、望美は横に居る知盛に見上げた。
「………」
魅入られてしまったように、舞姫を見詰めていた知盛が愉悦に口元を歪ませたのを目の当たりにして…
気付けば望美は両手の平を握り締めていた。