50
(あーあ、何でこんな事になったんだろう…関わりたくなんかないのに)
は喧しいくらい鳴き続ける蝉の声を聞きながら、溜め息混じりでそう思っていた。
ジリジリと肌を焼くような日差しもあまり気にはならない。
「さん、どうしたの?」
隣を歩く望美が翡翠色の大きな瞳を瞬かせながら問うが、「何でもない」と曖昧な笑みを返す。
心配させたくないが、だが重い気分は晴れない。
何故なら、現在は望美達と瀞八丁へと向かっていたのだから―…
あの時…舞イベントの後、直ぐに玉速神社から立ち去ろうとした。
「さん!」
しかし、見物客を掻き分けながら頬を紅潮させて駆け寄る望美の姿に、足早に立ち去る事が出来なくなってしまった。
「あはは、お恥ずかしいものをお見せしてしまいまして…」
「ううん、そんな事無い。すごい綺麗だったよ。将臣君なんて口開けて見とれてたくらいなんだから」
「なっ、おい望美!余計な事言うなよ」
少し遅れて来た将臣が慌てて望美の襟首を引っ張る。
「ちょっと〜将臣君!」
文句を言う望美を慣れた様子で適当にあしらう将臣。
そんな二人を微笑ましく思うが、だからといって彼等と関わる気にはなれない。
「実はね、知り合いの神官をやっている人に頼まれて、断りきれなかったの……じゃあ私は挨拶してくるね」
二人に背を向けて神官達のところまで行くつもりだった。
が―…
「…何処へ行くつもりだ?」
すれ違い様、知盛に手首を掴まれてしまった。
「えっと、神官さん達に挨拶をしてから勝浦に戻ろうかと…」
だから離して欲しい。目線でそう訴えたのに、彼は手首を掴む力を強める。
振り解こうとしても男性の強い力にはかなわない。
恨めしく思い睨め付けると、知盛は口の端を吊り上げた。
「クッ、久しぶりに会ったというのに、相変わらずつれない女だな…」
生田の森で会っていたからそんなに久しぶりでは無い気もしたが、他の二人に問われるのも面倒だったため黙っていた。
案の定、望美が今のやり取りに怪訝そうな顔をする。
「…さん、知盛と知り合いなの?」
「まあ少し、な…」
「いや、その…いろいろお世話になって…」
知盛と将臣との関係は何と説明したらいいのか…知盛を見るが、彼は他人事のように愉しそうに笑うのみ。
どうしたものかと困っていると、将臣が助け舟を出してくれた。
「もう一年前か。京に居た頃にさ、俺達とは飲み仲間みたいな感じだったんだよ。って実は俺以上に飲めるクチでな〜」
「へーそうなんだ」
「あはは…」
何やら語弊がある気がしないでもないが、望美は納得してくれたようだった。
* * * *
ミーンミンミンミン…
いくら歩いても歩いても景色の変わらない森を歩き続けて、流石に足が痛くなってきた。
木が日光を遮ってくれているため、紫外線を浴びないだけマシか…
「う〜焼ける焼ける〜!この世界にも日焼け止めがあればいいのにー」
「望美ちゃんは若いから、すぐに白い肌に戻るし大丈夫だよ」
日陰を歩きながら、日焼けをしたくないと叫ぶ望美の健康的な肌を少し羨ましいなと思う。
この年齢になってからわかった。十代と二十代の肌質は違うのだ。
早めに日焼けをして火照った肌を、冷たい水でクールダウンしなければ明日がツライ。
ガサガサ…
山道を進んでいくと、茂みから一人の男の人が飛び出して来た。
そのまま将臣に向かって一礼をする。
「お前…」
「このようなところにいらっしゃいましたか」
誰?疑問符を浮かべ、望美とは顔を見合わせる。
「但長守殿から何か言伝でもあったのか?」
「ええ。文を預かっております」
将臣は望美にチラリと視線を移し少し考えた後、すぐか、とその男の人に尋ねた。
「できれば」
「…仕方ねぇな」
話が終わったのか、と思ったがそういうわけではないらしく、むしろ本題はこれからのようだ。
(そういえば、こんなイベントもあったような…)
“元の世界”で実際にゲームをプレイしたのは二年近く前の話。すぐには細かい内容まで思い出せない。
男性から紙と筆を受け取ってから、将臣は申しなさそうにこちらを見た。
「悪いけど、ちょっとここで待っててくれよ」
「え…ここで?」
悪い、と言うとこちらの返事を待たずに将臣は男性と共に行ってしまった。