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将臣が男の人と行ってしまった後、木の幹に寄りかかるようにして立っていた知盛は木から体を離して一歩前に出る。
「さて、と…」
どこかへ行こうとする彼に、望美が慌てて声をかけた。
「ちょっと、どこ行くの?将臣君にここで待つようにって言われたじゃない」
「将臣君は直ぐに書き終わるって言っていたし、下手に動いたら彼が探すの大変だと思うんだけど…」
の呟きに、知盛をチラリと彼女を見るが直ぐに視線を戻す。
「クッ…俺の知ったことでは無いな」
「あ、ちょっと知盛ってば!」
望美の呼びかけに振り返ることなく知盛はどこかへ行ってしまった。
残された二人は顔を見合わす。
「はー我が道を行くだね…」
「…でもこのまま放っておくわけにもいかないよね」
望美が少し眉を寄せて、彼の去って行った方を睨んだ。
「もう、本当に勝手なヤツなんだから!さん私知盛を探して来るから、ちょっと待ってて」
「えっ望美ちゃん?!」
* * * *
「遅いなぁ…」
待つ身となってしまったは時間を持て余していた。
木陰は涼しいと言えども、日本の夏特有の湿気と汗で肌がベタついて気持ちが悪い。
「せっかく海が見える場所にいるんだし…少しくらいいいかな」
少しだけ景色を見ようと、は海からの風が吹く崖の方へ歩き出した。
(あれは…)
草木を掻き分けて、崖が見渡せる場所へ出ての足が止まった。
視線の先に崖のふちギリギリに立つ望美と、知盛の姿があったからだ。
声をかけようと体を乗り出してみるが…―
二人から尋常では無い空気を感じ、再びその動きはぴたりと止まった。
知盛の手に握られているのは太刀。
愉しそうに目元と口元を歪ませている。
対峙する望美の顔に浮かぶのは怒りと戸惑いが混じったもの。
眉に皺をよせ、知盛を睨み付けていた。
甘い?雰囲気に近いような、いや、全く逆のピリピリとした突き刺さる雰囲気というのか。
二人の近くには知盛のものらしい一本の刀が地面に刺さっている。
まさかとは思うが…
(まさか、戦ってたの…?)
でも、ならば何故に知盛は望美の顎に手をかけているのだ。
口元を吊り上げると彼は望美の唇を親指で撫でる。
望美の大きな瞳がさらに見開かれる。
(…いやっ!)
自分でも何故そう思ったのか解らない。
でも、それ以上を見るのは嫌だった。
とっさにギュッと目を瞑り、二人から背を向けた。
「?」
突然かけられた声に、ビクリッと肩を揺らして瞼を開けば驚いた顔をした将臣。
喉の外に出そうになった悲鳴は、何とか堪えたが動揺のあまり上擦った声になってしまった。
「将、臣君…ごめんねウロウロしちゃって」
「俺も待たせて悪かったな。で、あいつらは?」
「あー…その…」
何て説明したらいいのだろう。
後ろの草木の向こうに二人は居るのだが…どうしたものか、そう思っていると、ガサガサ草木を掻き分けながら二人が戻って来た。
「将臣君!」
「待たせたな。お前ら二人で何していたんだ?」
「えっと…ちょっと向こうで話をしていて…それより早く行かなきゃ法王様に追い付けないよ!」
歯切れの悪い返答をする彼女に将臣は首を傾げる。
「あ、ああわかったぜ」
「クッまったく勇ましい神子殿だ」
ほんの少しだけ事情を知っているは知盛を見るが、それ以上、何も追求は出来なかった。