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勝浦の町近くの浜辺へ来て、四人で夕陽に染まった砂浜を歩く。
もっと早く着くはずだったのだが、望美の頼みで観光をしながらの帰路だったため時間がかかってしまった。
急いで本宮に行かなければならないのに、心なしか皆の歩調はゆっくりで。
「もうお別れ、かあ」
しみじみと呟く望美に、将臣が笑いかける。
「別れたって何度も会ったんだ。生きてりゃまた会えるだろ」
「そうだよ、また…会えるって」
有川君に続いてもそう言う。
この台詞はもちろん本心。でもその続きは、どこで彼等と会うのかは言えない。
きっと次に会うのは終末の壇ノ浦。
紅白の旗が並んだ戦場だから。
他愛のない会話を交わしながら、夕餉の買い出しで賑わう勝浦の町に入る。
そして、九郎達が待っている宿へと続く道へとやって来た。
きっと九郎は眉間に皺を寄せて待っているだろう。
途中で会った水軍の男に伝言を頼んだから、ヒノエには事情は伝わっていると思うが…心配しているだろう。
「将臣君、知盛殿元気でね。また…会おうね」
「クッまた、か…次会い見えるのは何時の事やら…」
含みを持たせた言い回しで、知盛はいつもの笑みを浮かべた。
「将臣君!知盛っ!」
思い詰めた響きを持った望美の声に将臣と知盛の二人が振り返る。
「…どうした?」
望美を見る将臣の眼差しは優しく、けれども「駄目だ」と語っていた。
「ううん、何でもない…またね」
そう言って笑った彼女は泣き出してしまいそうに見えた。
* * * *
「さん少しいいかな?話したいことがあるの」
二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、望美に誘われ二度砂浜に向かった。
さく、さく……
砂に足をとられながら、望美は何も言わずに俯いたまま歩く。
「望美ちゃん…どこまで行くの?」
砂浜を歩き続けて、水平線に沈みかけている太陽にに少し不安になってきた頃、ようやく望美が足を止めて振り返った。
「さん、このまま運命を進んだら源氏と平家は壇ノ浦で戦う事になるの」
「うん…そう、だね」
振り返った彼女の表情は、ちょうど夕焼けの逆光となっていたため知る事は出来ないが、感じる雰囲気と声はとても硬いものでは頷くことしか出来ない。
の返事に望美が眉をひそめたのがわかった。
「…やっぱり…さんは知ってるんだね」
「そりゃ、壇ノ浦の戦いは有名な史実だもの」
望美によりどこまで運命が上書きされているのは知らない。
ただ、わかっているのは“史実”彼女と自分が知っている歴史は多少のズレはあるかもしれないが。
「史実…」望美がポツリと呟くのが聞こえた。
「このままでいいの?」
思いがけない問いと真剣な眼差しを感じ、一瞬言葉に詰まってしまう。
ざざぁー…ん
波の音がやけに大きく聞こえた。
「…ここまで来てしまったら和議はもう成され無い。なんとかしたくても、もう何も出来ないじゃない」
「…でもさんは、平家が京に居た頃から将臣君や知盛と知り合っていたのでしょう?」
語尾を強めた言葉は、まるで「何故、何もしなかったのか」と言っているようだった。
「さんは狡い…狡いよ。将臣君が平家のために必死だったのを知ってたはずなのに…自分はただ安全な場所で、危険になるのを、傷つくのを避けていただけじゃない!」
望美から出てきたのは、真っ直ぐな感情。
突然の事には思わず目を見開いた。
それは純粋で、取り繕う事をしない年頃だからこそ相手にぶつけられる言葉。
彼女は知らない。
真っ直ぐな言葉故に言われた相手がどれだけ心が抉られるかという事を。
緩む涙腺を堪えるために、切れるくらい下唇を噛み締める。反面、素直に感情を口に出せる彼女を羨ましいとさえ思った。
…大人になると取り繕う事を覚えてしまうから。
狡くなってしまうから。
「私は…この世界では神子でもなければ八葉でもない。何の力も無いのよ」
「確かにそうかもしれない。でも私は神子だからじゃなくて、みんなを助けたいから……だから、何とか運命を変えようとしているの!」
一度外れた感情の蓋は戻ることなく、望美は声を荒げ続ける。
「どうにかする気が無いのに、何でさんは私と一緒にいるの!?」
「それは…」
“元の世界に還るため”それはあまりにも彼女の思いを軽視した理由。
どうしようも無かった、なんてただの言い訳でしか無かった。
徐々に望美の声が弱々しいものに変わってゆく…
今にも泣き出してしまいそうで、は何も言えなかった。
「このままじゃ平家は負ける。沢山の人が死んじゃう。知盛は……私はいつも彼を死なせちゃうの」
「いつも…、でもそれは望美ちゃんのせいじゃ…」
「何度繰り返しても彼は生を選んでくれない。私は知盛も、あの人も助けられない」
「…望美ちゃん、貴女は、知盛殿が好きなの…?」
口をついて出たのは、自分でも驚くほど乾いて震えた声で。
先の怨霊退治の道すがら、時折感じた望美からの視線の意味は…そのためだったのか。
(それにあの人とは、まさか…)
脳裏に浮かんだのは、焼け落ちた六波羅で視えた十六夜の月。
そして、柔和な笑みを浮かべる銀髪の…
「あの人って…重衡殿?」
「私じゃ、彼等を助けられない…」
両手で顔を覆ってしまった望美から感じたのは、失望感?
(そうか、だから彼女はこんなにも…)
ようやく理解すると、は胸が締め付けられるのを感じた。
推測しか出来ないが、幾度となく上書きして繰り返す運命の中で現れたという存在。
今回の運命は初めての展開となり、彼女は多少なりとも変化を期待をしたのだろう。
だが、終末は変わりようもなく…
「ごめんね望美ちゃん…ごめんね…」
俯く望美に抱き付いて、背中を撫でながら何度も謝った。