ゴロゴロゴロ…
少し離れた場所から雷鳴が聞こえ、の頬に添えられた知盛の手が離れた。
「チッ…夕立か」
彼と同じく空を仰ぎ見ると、濃灰色の雲からボタボタと大粒の雨が落ちてくる。
ごうごうと吹く風も強くなり、海も荒れ始めている。
雷鳴の感覚も短くなってきたことから大荒れな天候となりそうだ。
早くこの場を離れた方がいいだろうと、空を仰ぎ見ていると知盛に右手を掴まれる。
「行くぞ」
そう短く告げると、の手を引きながら駆け出した。
ザアアアア―!!
駆け出して直ぐに雨粒は本降りとなり“バケツの水をひっくり返した程の大雨”となっていた。
「あっ!」
ぬかるみに足をとられてバランスを崩しそうになるが、知盛が支えてくれたため何とか転倒は免れた。
思いがけない彼の優しさに、戸惑いながらも胸の鼓動が早まってしまう。
バシャン!
激しすぎる雨に、走る度に飛び跳ねる泥など気にしてはいられない。
二人が砂浜を走り抜けた頃にはいっそう強まる雨風。
知盛は目に付いた漁師小屋の扉を乱暴に開けると、躊躇すること無く中に入った。
「勝手に入ってもいいのかな…?」
知盛に手を引かれ、無人の小屋の中に入ったは遠慮がち呟く。
とりあえず板の間に上がる前に水分を含んだ髪や着物を軽く絞る。
小屋内を見回すと漁師達が使用するのか囲炉裏も作られていて、意外にもしっかりとした造りの小屋だった。
これなら雨露は凌げそうだな、と少し安心するが…先に板の間に上がった知盛を見てギョッと目を見開いた。
「ちょっ…何を!?」
「濡れたからな」
大したこと無いように言い、濡れた髪を片手で掻き上げる。
その仕草がすごく色っぽい……
ではなくては慌てて赤くなった顔を反らす。知盛は纏っていた狩衣を脱ぎ捨てていたのだ。
たしかに濡れた着物は肌に張り付いて、気持ち悪い。さらに夏とはいえこのままでは体温を奪われてしまうだろう。
このまま雨が止むまで濡れた着物を着て、気持ちが悪いままでいるか…
迷った末に、
「こっちを見ないでくださいね」
そう一言断ると、は雨に濡れて脱ぎにくくなった単衣を緩慢な動きで脱ぎ始めた。
濡れた単衣は、壁に立て掛けてあった木枠のようなものに掛ける。
襦袢もしっとりと湿っていたが、一応自分は女なのだ。さすがにそこまでは脱げない。
湿り気を帯びた薄い襦袢では肌が透けてしまい、何とも言えない羞恥心から自分の肩を抱くように両腕を回して板の間に座った。
クツリと喉を鳴らす音が雨音の合間に聞こえ、振り向けば上半身裸になって愉快そうに笑う知盛。
頬を染め、は急いで顔を背けようとするが…
「あっ…」
彼の身体に走る数本の傷跡が薄暗い室内でぼんやりと見えて、思わず凝視してしまう。
その視線に気付いたのか、知盛が僅かに眉を動かした。
「ああ、戦に出れば手傷くらい負うさ」
「でも…痛かったでしょう?」
先ほどまでの戸惑いは消えて、ゆっくりと彼に近付くと傷跡を慈しむように触れた。
「クッこの程度の傷は逆に心地良いくらいだ。…全くお前は、変わった女だな」
小馬鹿にしたような言い方だったが、知盛の声の中に甘いものが混じっていたのは気のせいだろうか。
知盛の長い指が傷跡に触れるの指を絡める。
顔を上げて彼の顔を見ると、紫紺色の瞳に熱い炎が宿っていた。
流れる甘い、独特の雰囲気―…
このまま雰囲気に流されたらどんなに心地良いだろうか。
だが、本能が警笛を鳴らす。
(…これ以上は駄目…流されるわけにはいかない…)
彼から早く離れなければ、そう思った。
だがが離れるより早く、知盛の腕が彼女の細い腰を捕らえる。
両手で知盛の胸を押すが、いくらなんでも男性のそれも武将である彼の強い力には敵わなかった。
「俺が怖いか?」
甘く囁きながら、母性本能をくすぐる切なさを含ん顔で言われてしまえば、頷く事も瞳を反らすこともできない。
瞳を見開いたまま固まっているの姿に、知盛は見惚れてしまうような柔らかな微笑を浮かべると彼女の唇に口付けた。
啄むような口付けが何度も落とされ、思わず開いてしまった唇の隙間から知盛の舌がスルリと口内に侵入する。
顔を逸らして抵抗したくとも、後頭部に回された彼の手に頭を固定されていてできなかった。
入り込んだ彼の舌は歯列をなぞり、奥へ逃げようとする舌を絡めとると強く吸い上げる。
「んっ…はぁ」
どちらのものともわからない唾液がの口の端から一筋流れた。