閑話
それは八つ当たりだとわかっていた。
「私は神子だからじゃなくて、みんなを助けたいから……だから、何とか運命を変えようとしているの!」
そう言った時、彼女は明らかに瞠目していたと思う。
長い睫は今にも泣き出してしまいそうに揺れていた。
(なんてことを言ってしまったんだろう)
逃げるように浜辺から立ち去った望美は自問自答を繰り返していた。
あんな事を言うつもりは無かったのに。ただ、の気持ちを知りたかった。
…これから先、泣いてほしく無かったから。なのに何故?
たった一人、見知らぬ世界に跳ばされてしまった彼女は生きていくだけで精一杯だったはず。
自分には導いてくれた白龍が側に居てくれたから。対となる朔が居て、励ましてくれたから。
同じ世界から跳ばされてきた譲君がずっと側に居て、九郎さん達に出会ったから。
そして何より、白龍の神子という立場と使命があったから繰り返す運命の中、壊れずにいれたと思う。
それでも、止めることが出来なかった。
「さんは狡い…狡いよ。」
でも…泣いてしまった自分の方が、ずっと狡いのかもしれない。
その時、本当に泣きたかったのは彼女だったはずなのに。
それでも彼女は涙を見せなかった。唇を噛み締めて堪えているのがわかったから、少しだけ胸が痛んだ。
(どうして彼女は怒ることも泣くこともしないで堪えているの…?)
八つ当たり?違う、この感情は……嫉妬。
「じゃあ、な」
どの運命でも、戦って満足して海へと身を投げてしまう知盛。どんなに生きて欲しくても、自分には彼を止めることは出来なかった。
玉速神社で彼女を見詰める知盛の眼差しは、艶っぽく熱を帯びていて息をのんだ。
戦いながら愉しいそうに笑う事があっても、彼のあんな顔を見たことは無い。
その後もを怨霊や後白河院からさり気なく庇っていた。
あの知盛が、信じられない。
誰かを想うなんて、が羨ましいとさえ感じた。
「わからない」
望美は呟きながら、親指を噛んだ。
わからなかった。そこまで想われていながら、何故彼女は躊躇するのか?
…何故、知盛の見詰める先にいるのが自分では無いのだろう?
浜辺から歩き続け、気が付けば将臣君と知盛が滞在している一軒家がある一角までやってきていた。
簡素な屋敷の垣根を掻き分け庭を見ると、濡れ縁に知盛が居る。
望美の姿を認めると彼は驚いた、というか怪訝そうな顔をした。
「知盛…」
「クッ、先程別れたばかりだというのに…神子殿は離れるのがよほど寂しいのか」
「ちょうど良かった」
「さんが…」
掻い摘んで浜辺に彼女が居る事を伝えれば、予想通り知盛は眉を寄せる。
「…それで、俺にどうしろと?」
そう問われると困ってしまう。いったい彼に何をしてほしくて此処まで来たのか。
「わからない…ただ、きっとさんは泣いていると思う。私が泣かせちゃったから…」
暫く沈黙の後、知盛は溜め息を吐くと脇に置いてあった双刀を手にして立ち上がった。
「あっ…」
彼の行動に驚く望美を一瞥すると、無言のまま歩き出す。
何故此処に訪れたのか、の事を知盛に話したかは自分でもわからない。
遠ざかる知盛の背中を見詰めながら、一人泣いているだろう彼女に謝罪する。
「さん、ごめんなさい…でも…」
(今度こそ私は彼を助けたいから)
だから望美は決断をする。
たとえこの先の運命で貴女を傷付けたとしても、絶対に退かない。と―…