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熊野での出来事の後、宿に戻ってきた私に望美ちゃんは泣きながら抱きつき謝ってきた。
泣きじゃくる彼女の背を撫でながら、これからの事の…彼女や、皆のためにはこれで良かったんだと思った。
イレギュラーである自分がこれ以上の波風を立てることはないんだから。そう…納得した。
そして、時は盛夏の候。
源平合戦最後の…壇ノ浦の戦が始まる。
壇ノ浦での戦いは予想以上に熾烈なものだった。
源氏が追い詰めていたとはいえ、平家の抵抗も強く人間の武士を倒しても怨霊となり蘇ると、いう悪循環に苦戦を強いられたのだ。
そんな中で、鎌倉からは御家人達と共に源頼朝がやってきていた。
「ただ最後の戦いを見届けに来たのでしょうか」
譲はそう予想していたが、弁慶とヒノエは訝しそうに眉間に皺を寄せる。
「…気をつけた方がいいかもしれませんね」
「ああ、鎌倉の奴ら何か企んでいるみたいだね」
様々な思惑が飛び交う戦中に景時は戦列を離れ、頼朝の警護にと九郎達とは行動を別にしていた。
…ついに頼朝が動き出したか。望美は頼朝の企みを分かっていないのだろうか?
ここ最近体調を崩していたは、皆に反対され戦に同行することを渋られた。説得し、ようやく同行を許してもらったが戦への参加は反対されてしまい、怨霊との戦いもただ見ていることしか出来なかった。
こっそり参戦しようにも、ヒノエが側にいるため結局みんなの後ろからついていくことしか出来ない。
望美と八葉の活躍で徐々に源氏軍の有利な展開となり、当初の目的である平家が匿う安徳帝の確保と、三種の神器を求めながら源氏軍は平家の船を追い詰めていく。
そして、一番大きな御座船と呼ばれる船までやってきた。
「ここに安徳帝がいるはずだ!探せ!!」
『おお!!』
九郎の声に、士気が上がった源氏の武士たちの声が重なる。
しかし、船には案徳帝の姿は無い上に三種の神器も見当たらなかった。
「安徳帝がいないだと…!?」
驚く九郎に、ヒノエが冷静に答える。
「平家も馬鹿では無いってことだな…前もって安徳帝を逃がしていたようだね。三種の神器も恐らくは一緒に、だろうね」
ヒノエは目を細めながら、遠くの海を見つめる。九郎は悔しさにぎりっと奥歯を噛みしめた。
「くそっ!今から追えば…!」
「そうはさせてもらえないでしょうね…。追っている源氏の船を他の船が邪魔をしているようですし」
弁慶の言葉通り、先に進もうとしている源氏軍の船は平家軍の小回りの利く小舟に邪魔をされていた。
「では、ここに残っているのは…」
「ぎゃああ!!」
突然、兵士の一角から悲鳴が上がり武器を手にそちらへ向かった。
「家国興亡 自ずから時有り
呉人 何を苦しんで 西施を怨む
西施若し 呉国を傾くるを解せば
越国亡来 又 是れ誰ぞ」
銀色と金を纏った修羅は、漢詩を詠みながら淡々と兵士達を切り捨てていく。
「知盛!!」
望美の声に、ゆっくりと振り返ると彼は愉悦に顔を歪ませた。
「…待っていたぜ?」
聞き覚えのある低い声、ゆったりとした口調に、の心臓がドクンと跳ねる。
ああ、やはり、彼は此処に居た。
「お前は…」
血糊がベッタリと付いた双太刀を手に、優雅な足取りで歩み寄る人物に九郎は目を見開く。
「遅かったな…しかし、ここには帝も還内府もいないさ」
「何!?」
「…やはり、謀られたようですね」
弁慶も眉根を寄せ、九郎の横へ立つと長刀を構える。
「お前たちを足止めするのが俺の役目…。退屈させてくれるなよ?」
そう言いながら、知盛は両手に剣を携えた。
「知盛…ど、の…」
思わず声にしてしまう。…彼の名を。
「…」
九郎達の後ろから現れたに、知盛は一瞬目をこちらへと向けるが、直ぐに戻される。
事情を知らない譲や朔が少し驚いているようだった。
「さん、下がって!」
「望美ちゃんっ」
九郎たちがの前に立ちはだかり、朔がの手を引き後ろへと押し戻す。
「クッいいぜ…源氏の神子、ずっと本気になったお前と戦うことを愉しみにしていた」
ニヤリと知盛が口角を吊り上げた。
「平知盛…不肖ながら、お相手願おうか」
殺気、いや修羅を彷彿させる剣気を放つ知盛に背中が冷たくなった。
知盛は本気だ…!!
そう思った瞬間、頭の中にゲーム画面の彼が海へ落ちていくスチルがよぎった。
「いいよ戦おう!知盛!」
「望美ちゃんやめて…!」
の叫びは二人の太刀がぶつかり合う金属音でかき消えた。
「あぁ…」
「大丈夫、望美は負けないわ」
泣きそうなになっている、自分でも分かるぐらいだった。
震える手を朔の手が握りしめる。だがそのために彼らの元へと行くことも出来ない。
迷っている間にも、剣と剣がぶつかり合う金属音だけが聞こえる。
「きゃあ!!」
知盛の刃が望美の肩を切り裂いた。負傷した望美を護るため、八葉達が戦いに加わる。
知盛は強い、だがそれでも相手が多すぎる。
たった一人で八葉を相手にするなんて…生身の人間である彼にはいくらなんでも無茶だ。
そう思いながら成り行きを見つめるだけしか出来ない。
徐々に知盛の動きが鈍くなっていく。
(なんでだろう…?どうして、こんなに苦しい…?)
こうなる事は分かっていたはずなのに『もうやめて!!』何度叫びそうになったことだろう。
いつの間にか瞳に溜まった涙で視界が歪み、きつく握りしめた掌からは血が滲んでいた。
ガクン、と知盛が膝をつく。
「…っ!!」
剣を杖代わりのように突き立てて、彼は意識を保っているのが不思議なほどの傷を負って肩で大きく息をしている。
太刀を携えていた望美たちも、武器を鞘へと収めた。
「知盛…もう勝負はついたよ。あなたの負けだよ」
「くっくっく…」
その瞬間、彼は小さな笑いを漏らす。
「そんなことは最初からわかっていたさ…」
「…何?」
彼の言葉に、九郎が訝しげな顔を見せる。
「平家の天運はとうに尽きていたさ…復権など興味は無かった」
「それじゃあ…何故?何故あなたは戦ったの?」
戸惑いながらも望美が問いかける。
「さて、な…ただ、戦があればそれに身を投じるだけのこと…」
そう言いながら、彼はゆっくりと立ち上がる。
そしてそのままゆったりとした足取りで後ろへと下がる。
「知盛…!?」
その様子に望美が気付く。
「見るべきものは見たさ…最後に戦った相手がお前だとは、上出来だ」
クツリと笑った瞬間、の脳裏に浮かぶゲーム画面の断片。
船縁。
そこから落ちる血にまみれた知盛。
満足そうに笑いながら…
これから起こるであろう姿と映像が重なる。
「駄目っ!!」
頭で理解する前に駆け出していた。