「さーて、どうしようかな」
加奈と別れた後は清水山の麓、(京都でいう東山区)寝殿造りの屋敷が建ち並ぶ一角へとやって来た。
此処は平家一門の屋敷が立ち並ぶ六波羅…その中でも中心に位置し、一際大きくて立派な屋敷を遠巻きに見ながら、これからどうしたものかと溜息を吐く。
日が暮れてきたために、気温が下がって吐く息が白い。
…途中すれ違う人に好奇の視線を向けられてしまい、なるべく人目に付かないようにとこそこそ隠れながら歩いてきたため時間がかかってしまったのだ。
現在は冬…野宿をしたなら確実に凍死してしまうだろう。完全に日が暮れる前に何とか手を打たなければ。
「スーツ姿で彷徨いたら絶対に怪しまれるよね。どうしたら中に入り込めるかな…」
当たり前だが、屋敷の前には見張りの武士が警備していて忍び込むのは難しい。
しかもこの一帯に居を構えるのは武士の一門である。
もしも強行手段にでて屋敷に押し入ったら、即捕らえられて間違いなくの命は無い。
何か役に立ちそうなものは無いかと、肩にかけたバックを漁るがバックに入っている物は手帳に筆記用具に参考書、化粧ポーチ…
中でも役立ちそうな物は携帯電話くらいしか無かった。
携帯電話を大音量で鳴らして、警備がそちらに向いている隙に屋敷に侵入するか。
それとも、なぜか河原で目が覚めた時に握りしめていた知盛の太刀。
これを門番に見せれば、知盛に縁ある者だと思って中に入れてくれるだろうか?知盛の一夜の相手をして、それから彼の事を忘れられないとか言って…
「うわっ無理…」
無理だ。
想像するだけで気持ち悪くなってきた。
その時足音を忍ばせた何者かが近づいて来るのを、屋敷に背を向けて思考に耽っていたな気付けなかった。
「おい!此所で何をしている!!」
「きゃあ!?」
突然、武装した男に腕を掴まれて無理矢理立たされる。
慌てて確認するといつの間にかは三人の武士に取り囲まれていた。
ぎりぎりと容赦なく締め上げる男の腕を外そうとするが、悲しいかな、女の力では筋肉隆々武士には敵わない。
「痛っ!ちょ、ちょっと、乱暴は止めてください」
「暴れるな!」
そう訴えるが男が力を緩める気配はなく、余計に力が籠もっていく。あまりの痛さに涙が滲んだ。
「妙な衣を着た女だな。屋敷の前を彷徨くとは…どこぞの間者か?」
「吐かせるのも面倒だな。抵抗するというなら斬り捨ててしまうか」
「いやこの女…斬るのは惜しい。斬るか拷問するのは愉しんだ後にした方がいいだろ?」
の腕を掴んでいる男は舐めるようにを上から下まで眺めたあと、厭らしい笑いを浮かべた。
その気持ちが悪い視線と台詞に、男の意図する事が分かり嫌悪感から全身が粟立つ。
「誰が、あんた達何かにヤられるもんですか!」
を好き勝手にする事を妄想しているであろう、男を睨み付けて暴れるが簡単に抑えられてしまう。
「おいおい、あんまり暴れると綺麗な顔に傷がついちまうぞ」
「うん?お前、随分良い拵えの太刀を持っているな」
男の一人がが持つ太刀に気が付き、手を伸ばす。
無理矢理奪い取ろうとする無礼な行為に、頭の中で何かがキレた。
「やめて!これに触らないで!」
げしっ!
「うげぇ!?」
油断しきっていた男の股間を思いっきり蹴り上げてやった。
堪らずの腕を離し、股間を押さえながら悶絶する男。
他の男も突然のの行動に、呆気にとられている。
その隙に逃げだそうとするが…
「この女!!」
「やっ…!」
髪を掴まれ動きを抑え込まれてしまう。
視界の隅でもう一人の髭面の男が太刀を振り上げるのが見えて…はぎゅっと目を瞑った。
(いやっ!私の命はこんなところで終わるの!?…まだ、死ぬわけにはいかないっ!!)
胸に抱えていた太刀の柄に手を伸ばし―
「おいおい、こんな所で物騒だな。どうしたんだよ?」
「はっ!これは…いや怪しい女が屋敷前を彷徨いていたので…」
場違いな青年の声が聞こえ、男達の動きが止まる。
声の主である彼の放つ明るい雰囲気に、この場の張りつめた空気が一変する。
この聞き覚えのある声…太陽みたいに温かい気配…
これは幻聴?それとも…
ゆっくりと閉じた瞼を開けば、厳つい武士達の間からぼんやりと蒼髪の青年の姿が見えた。
「怪しい女?」
の髪を掴む武士の方に視線を向け、青年は目を見開く。
「っ!?あんたは…」
彼は何度も目を瞬かせると、「マジかよ」と呟いた。
そしての動きを抑える武士達を睨む。
「離してやれ!こいつは…この女は俺の知り合いだ」
「…はっ」
男は渋々といったふうにを解放した。
抑えつけられていた身体を解放された反動で、よろけて倒れこんでしまい地に膝を着く。
掴まれていた腕がズキズキと痛むから指の痕が付いてしまった事だろう。
耳にかけていた髪もぐちゃぐちゃのボサボサになってしまった。
(斬られるかと思った…でも)
先ほどの、太刀を振りかぶる男の姿を思い出すと小刻みに身体が震えて来る。
「おいっ大丈夫か?もう大丈夫だからな」
「あ、りがとう…」
(将臣君に会えたから…よかった、これでもう大丈夫…)
伸ばされた将臣の腕に掴まりながら立つと、はようやく安堵の息を吐いた。