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碧、朱色、白…鮮やかな色彩が施された上質な衣を手に、楽しそうな女房二人に囲まれはすっかり困り果てていた。


「姫様、こちらの打掛も羽織ってくださいまし」

「あら、この朱色の衣の方が姫様の肌の白さが際立つと思いますわ」

代わる代わる衣を当てられて、は引きつった笑いを浮かべるしかない。
ウエストは帯ひもと袴によってキツく締められていて、苦しくて自然と呼吸が早くなる。
もう打掛はどれでもいいから、着せかえ人形から早く解放して欲しいと心底思う。







何故“姫君”扱いをされているのかというと、時を遡ること昨日―…
武士達から間一髪将臣に助けてられたは、彼と一緒に平家一門の屋敷の中でも一際大きい六波羅殿(平清盛)の屋敷へと向かっていた。



「助けてくれてありがとう」

「いいって。それよりも怪我は無いか?随分と怖がらせちまって悪かったな。えっと…」


口ごもる将臣を見て、そう言えば名乗って無い事を思い出した。
この時空ではまだ将臣はの事を知らない。
また自己紹介から始めなければならないのは面倒だが…仕方がないか。

「私はよ」

「俺は有川将臣。なぁ、は何処から来たんだ?えっと、その格好はこの世界の人間じゃないだろ?」

「…平成の日本から、って言えばわかるかな?」

何と言うか少し迷ったが、お互いトリップをする前の世界は“平成の日本”である事は間違い無かったはず。
の答えに将臣は目を見開き、何度も瞬かせた。

「マジかよ!?俺も同じ平成の日本からこの世界に跳ばされてきたんだぜ。時期は…平成のいつぐらいなんだ?」

「うーん、私が暮らしていた日本は、時期は…ドラ●もんの声優さんが変わって随分経った頃かな?」

「じゃあ、俺とそう変わらない時期だ!」

ドラ●もん…呟くと将臣は余程嬉しかったのか、の肩を両手で掴む。
だが、が困惑して眉を寄せているのに気が付くと、頭を掻きながらその手を離した。


さ、この世界に来たばっかみたいだし行くあてなんか無いだろ?俺が今、世話になっている家に置いてもらえるように話をつけるから、来いよ」

「え…すごいありがたいけれど、そんな簡単に私もお邪魔していいの?」


変わった人達(偏見)ばかりだったと思ったが、いくら何でも名門の平家がそう簡単に得体の知れない女を受け入れるだろうか?
その不安が顔に出ていたのか将臣は「大丈夫だ」とニカッと笑う。


「俺も食客扱いしてもらってる身だけど、その家で一番偉い人に気に入られてるし…ま、何とか話をつけてやるよ」

「一番偉い…って、それってもしかして…」



平家“六波羅殿”の屋敷で一番偉い人物、それはまさか……怨霊となった平清盛公?
前回の時空では出会う事は無かったが、実際会ったら果たして自分は彼の目にどう映るのか。それ以前に同じ空間に居て、耐えられるのか。

(清盛さんに会ってみたいけど、強烈な陰気にあてられてしまいそうだなぁ…)

ゲーム中での蝶々もしくは妖精少年を思い出しながら、は屋敷の門をくぐる将臣の背を追いかけた。











* * * *









、少し話をしたいから部屋に来いってさ」

六波羅邸では自分を興味深そうに見る視線をチラチラと感じたが、意外にも怪しまれて止められる事は無かった。


(怪しい奴!とか言われて追い出されたらどうしょう…)

通された部屋で、屋敷の主に話をしに行くと出て行った将臣を待つ時間は、どんどん不安と緊張が増していった。
その緊張は将臣が戻ってきた時にピークに達する。



「大丈夫だって、取って食われるわけじゃないんだしそんな顔をするなって」

「うん…」

先を歩く将臣は安心させるようにの頭に手を置く。
年下の男の子にこんな事をされるのはどうかと思ったが、不思議と嫌では無かった。

「連れてきました」

「お入りなさいな」


ずっしりと重厚な、しかし平安調の繊細な造りの長い外廊下を歩いた先、とある部屋の前では立ち止まると部屋の中に居る人物に声をかけた。
返ってきたのは予想していた少年の声では無く、上品で落ち着いた女性の声。



「失礼します」

「っ、失礼します」

緊張しながら部屋に入ったの視線の先には、見覚えのある人物…先の時空で出会った柔和な笑みを湛えた尼僧が静かに座していた。



(清盛公では無い…?この人は、時子さん?)



「そちらに」

円座に座るように促され、は尼僧に頭を下げる。

「お、お初にお目にかかります。私、と申します。この度は将臣君のご好意に甘えさせてもらいまして…」

「ふふ、そんなに堅くならないでくださいな。私は平清盛の妻、時子と申します。貴女の事は将臣殿から聞いておりますよ。先程は兵達が無礼を働いたと…申し訳ありません」

時子に頭を下げられてしまい、は慌てふためいた。
見ず知らずの女に頭を下げるなんて…この尼僧はどこまで優しいのだろう。


「えっいえ!そんな怪しいと思うのは普通だと思いますし…私などに頭を下げないでください。…あの、時子様は私が怪しい者だとは思わなかったのですか?」

「貴女が間者ではない事はその瞳を見ればわかります。それ程までに、澄んだ綺麗な瞳の貴女を怪しむ事はしませんよ。それに、貴女は将臣殿が初めて連れて来た女子ですもの。母代わりの私が歓迎しないわけは無いじゃないですか」

「えっ?」

本当にそう思っているのか、心底楽しそうに微笑む時子の姿に思わず将臣の顔を見てしまう。


「それってどういう事…?」

「尼御前…だからはそういう相手では無いって…」

「ふふっ将臣殿、照れないくてもよいのですよ」

否定しようにも時子にニッコリと微笑まれてしまい、二人は何も言えなくなってしまった。




さん、故郷とは違う場所で心細いと思いますが…どうかごゆるりとお過ごしくださいね」

「は、はい。ありがとうございます」

「今女房達にさんの部屋を用意させますから。同じ部屋ではないため将臣殿と離れてしまいますが…構いませんよね?」


「「大丈夫です」」


と将臣二人の声が重なった。

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