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「尼御前から申し付けられて参りました。ゆきと申します。何かございましたら、私達に遠慮無くお申し付けくださいませ」

「さきと申します」

「はぁ、よろしくお願いします…」


用意された部屋に着くと、将臣と話をしているうちに気が付いたら眠っていた。
翌日、を起こしたのは少女といえる年頃の可愛らしい女房二人。
彼女達の笑顔と共に、寝起きの頭と身体には少々キツイ着せ替えごっこが始まったのだ…








「おはよう将臣」

「あっ、ああ…おはよ」

庭に下りて、井戸から水を汲みバシャバシャ勢いよく顔を洗っていた将臣は、振り返って…一瞬固まってしまった。


「ゆきさんとさきさんに着せてもらったんだけど…変かな?」

「いや…変じゃ無いよ」

渡殿にいたのは、十二単を纏ったで…
それなりに整ったな顔立ちの女性だとは思っていた。
だが昨日は一悶着あった後だったせいか、髪はボサボサで表情に疲れと緊張が見えていたのだが…

今朝の彼女は、うっすらと白粉をはたいていてその肌は白磁を彷彿させた。
紅を引いた形のよい唇は色気すら感じる。
朝日に輝く艶のある黒髪が薄紫地に淡雪が描かれた打掛に映えて見えて、将臣は純粋に綺麗だと思った。


「ほらー将臣君寝ぐせついてるよ〜って、どうしたの?」

不思議そうに首を傾げるは、きっと自分の魅力になんて気付いていない。

は将臣が戸惑っている理由に気付いていないのか、身を屈めて庭に立つ将臣の寝癖がついた髪に手を伸ばす。

「…、鏡で自分の着物姿を見たか?」

「鏡?見たけど?もしかして似合ってない?」

「そう言うわけじゃない、すげぇ似合っているけどさ…」

…この時代の鏡は、まだ銅板製か鉄製で現代の鏡より見えにくい物だったか。


「こりゃやべぇな…」

平気で男の髪に触れてくるし…今後の事を考えると頭が痛くなる。
女としてのそういった自覚無しの彼女を、絶対に女っタラシのあの兄弟には会わせてはいけない、そう将臣は思った。

(このまま俺の女って事にしておいた方が、の身を守る事につながるかもな…)


渋い顔をして急に黙り込んでしまった将臣には首を傾げた。










* * * *










闇夜に刃のような三日月が浮かぶ深夜。

底冷えする寒さを紛らわすためか、日頃の鬱憤を晴らすためか…何処からとなく彼等は屋敷の一室に集い、酒を酌み交わしていた。



「そういえば…彼奴はどうした?」


狩衣を着崩し、気だるい雰囲気を持った銀髪の青年が杯に口をつけながら問う。
まだ年若い彼に酒の味を覚えさせたのは自分だが、あの酒好きな男がこの呑みに参加しないとは…珍しい事もあるものだ。
気だるそうな銀髪の青年を少しだけ柔らかくした青年がその問いに答える。



「兄上、それは将臣殿の事でしょうか」

「有川が顔を出さないなど珍しい事もあるものだな」

この屋敷の主でもある、腰までの柔らかいウェーブがかった髪を垂らした青年が心配そうに眉をひそめた。

「最近の冷え込みに体調を崩されたのでしょうかね?」

心配ですね、と呟く青年とは逆に銀髪の青年は小馬鹿にしたような視線を彼に投げた。

「クッ惟盛殿はお優しい事で。先日、有川に関する興味深い噂話を聞いたが…」

口元を歪めた兄の、何かを含んだ言葉に弟も気づき頷く。

「ふふっ、兄上もお好きですね。私も女房達がこぞって噂話をしているのは耳にしましたよ。
『今まで特定な相手が居なかったはずの将臣殿が、女性を連れて来た』
『将臣殿が常に姫君を側に置いていて離さない』とね。とても見目麗しく、思慮深い姫君だとか…
真偽のほどは定かではありませんが、幼なじみの女性意外に将臣殿がそこまで大事にしているという姫君。私も一目お会いしたいですね」

「ほぅ、そこまでは知らなかったな。流石は重衡…有川がのめり込む程の女、ね」

「知盛殿、あまり横入りをするのは関心できませんし悪趣味ですよ」

それまで黙って話を聞いていた穏やかな印象の一人の青年が慌てて口を挟んだ。
ウェーブヘアの青年、惟盛も彼に同調する。

「経正殿の言うとおりです。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られますよ」

「クッ、いくら俺でもそんな野暮な真似はしないさ。ただ、ようやく女に興味が出た有川を祝福してやりたいだけさ」


杯に満たされた酒に映る三日月を見ながら、知盛は至極愉しそうに口角を吊り上げた。


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