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ガタンッ!


告げられた事に驚いて、将臣は白湯を入れた杯を取り落としてしまった。


「宴?!何だってあいつも!?」

お祭り好きの平家の者達が定期的に催している宴だが、今回は棟梁である清盛が没してから初めて催される。
最近、一門に漂う不安を払拭するために大規模に行うらしい。


「そんなに驚く事もなかろう?母上の遠縁の姫ということは俺達とも縁者になるしな」

「だが…お前等が良くても他の平家の奴らがオッケーするのかよ」

一門の中には清盛や時子に実の息子のように可愛がれ、知盛や重衡とも仲が良い将臣をやっかむ者は少なくはない。
宴に出席する事に文句を言う者もいる。
とくに一門以外の余所者を毛嫌いする宗盛は反対しないのか。


「母上が是非にということですから、大丈夫でしょう。それに姫君もそのことで母上に呼ばれたのでしょう。将臣殿は彼女を人前に出す事に何か不都合でもあるのですか?」

「いや、ねーよ」

時子が望んだのなら将臣には文句の言えない。でもこれだけは二人に言っておきたかった。

「ただし…アイツに手ぇ出すなよ」













将臣が眉間に皺を寄せているのと同じ頃―…

時子の部屋に呼ばれたはポカンと口を開けてしまっていた。



「わ、私も宴に参加するのですか?」

「ええ。すでにそのための衣も用意してありますから。ふふっ貴女の着飾った姿を見るのが本当に楽しみだわ」

ここで「そうですね」と相槌を打とうものならば、すぐに女房を呼ばれて着せかえ人形にされてしまっただろう。

「でも時子様、私のような者が一門の大事な宴に参加するというのは…他の平家の方々は…よろしいのでしょうか」

楽しそうに微笑む時子に、は言葉を選びながら遠慮がちに言う。
水を掛ける事はしたくは無いが、平家に来てまだ日が浅いというのにトントン拍子に話が進みすぎて戸惑う事の方が強いのだ。

素直に戸惑いを伝えると、時子は真剣な表情に戻る。

「今度の宴は、一門の為に尽力を尽くしてくれている皆を労うものなのです。最近の屋敷での様子を見ていると、貴女の存在が皆に力を与えているようですから…貴女に酌をさせることや舞いをさせることはしません。ただ座っているだけでいいから参加をしてもらえないでしょうか。…それに、私が着飾ったを見てみたいのです」

もしかしたら最後に言った一言が彼女の本心かもしれない…いや本音だろう。だが、微笑まれると何も言えなくなってしまう。
自分だけでは無いと思うが結局のところは時子のお願いに弱いのだ。
一門の宴にはきっと平家の主だった人物も集うだろう。
もしかしたら怨霊と化した清盛も来るかもしれない。
緊張するが、よくよく考えればこれはチャンスと言える。平家一門の中心人物達と知り合う良い機会。


「わかりました。私も時子様に恥をかかせないように、行儀の良い姫君になりますね」

彼等に評判通りの姫君を演じて好印象を与えなければ。…それにきっと彼も来るだろう。
出来ることなら、前の運命で初めて会った時のように印象的で色気のある出会いが良かったのだけど…そんな事は言ってはいられない。

さあ、運命を変えるために動き出す覚悟を決めようじゃないか。


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